いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、高円寺のおそば屋さん「信濃」です。
初来店は"当たり"となるのか……?
高円寺南口のエトアール通り商店街に、ずーっと前から気になっていたおそば屋さんがありました。今回ご紹介する「信濃」がそれ。
「手打そば」の暖簾がかかった店構えはいかにも古く、でも意地の悪い言い方をすれば、ちょっと地味。
そんなせいもあり、「ものすごくいいか、たいしたことないかのどっちかだなー」などと、たいへん失礼なことを感じてもいたのです。が、思い切って入ってみたところ、「ものすごくいい」お店だったのでした。
清潔なそば打ちスペースを左に見ながら入店すると、11時半の開店直後だっただけに先客はゼロ。つまり、一番乗りです。
厨房を担当するご主人と、ホール担当の奥様で切り盛りされている様子。ふたりとも物静かで、余計なことは話さないタイプに見えます。でも、無駄に口数が多いより、そのほうが快適だったりしますよね。
ゆったりとした空間に、4人席が5卓、8人席がひとつ、そして僕が通された、いちばん奥の2人用席。その席の真横はガラスで仕切られていて、向こう側には製粉機が見えます。
さて、なにを頼みましょうか? そう思いながら壁のメニューを眺めると、「しっぽく」の文字が。
「しっぽく(卓袱)」は、元禄時代に長崎で生まれた和風中華料理だと聞いたことがあります。定義は「あるようでない」という印象を持っていますが、お店のおばちゃんにお聞きしたところ、「天ぷらとか椎茸とか、たくさん入ってる」とのこと。
つまり、"五目日本そば"みたいな感じでしょうか? どんなものが出てくるか興味があるし、これを頼むしかないですね。
そば茶をすすりながら待っていると、厨房のほうから天ぷらを揚げる音が。鮮度のよさをイメージさせてくれて、おのずと期待が高まります。音まで楽しめるって、いい店だなぁ。
「しっぽくそば」をひとつひとつ味わう
ほどなく登場した「しっぽくそば」は、やはり"五目日本そば"で間違いなかったよう。温かいおそばに、海老の天ぷら、卵焼き、鴨肉、さやえんどう、椎茸、かまぼこが載っています。
つゆは鴨肉から適度にだしが出ていて、スッキリしながらもコクがある感じ。そばは手打ちだけあって、暖かいのに適度な弾力があります。
そばをすすり、具をひとつひとつ味わい、ゆっくりと食べ進めます。それぞれに個性があるので、急いで書き込むというよりも、あえて時間をかけたくなるから。これは楽しい。
食べている間に、ひとり、またひとりと、計4名のひとり客が入ってきました。全員が8人席の四隅に座ったので、おそらく常連さんたちの間では、「ひとりの場合は8人席、もしくは(僕が座った)2人席」という認識になっているのでしょう。
とはいえ常連風を吹かすような人はおらず、初老の男性がおばちゃんと最小限のことばを交わした程度。そのさりげなさは、見ているだけで心地よいものでもありました。
お会計のとき、「とてもおいしかったので、インターネットで記事を書かせていただいてもいいですか?」とお聞きしたところ、ご夫婦ともども驚いた様子。ちょっと困惑しているようにも見えましたが、決して否定的な印象ではありません。
どう返したらいいのかと、戸惑わせてしまったのかもしれません。そんなことを言い出す客など、いそうにないお店でもありますしね。
でも、そんな仕草にも人柄のよさが表れている気がして、とてもいい印象を持ったのでした。
なお余談ですが、このお店は定休日がちょっと変わっていて、毎月15日~19日がお休みとなります。
●信濃
住所:東京都杉並区高円寺南3-44-15
営業時間:11:30~14:30、18:00~21:00
定休日:毎月15日~19日