いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、二八そばが絶品の、地酒も好評な老舗「中清 吉祥寺」(吉祥寺)

  • 二八そばが絶品の、地酒も好評な老舗「中清 吉祥寺」(吉祥寺)

ひとくちいただいたら、思わずのけぞってしまいそうに

吉祥寺通りを北に進み、「八幡宮前」交差点を左折して三鷹方向へ。以前ご紹介した渋い喫茶店「プチ」を向こう側に確認しながらさらに進むと、やがて左側におそば屋さんが見えてきます。そこが、そば好きからも評価の高い「中清 吉祥寺」。

  • 旧五日市街道沿い

のれんに書かれた「手打そば」の文字、そして手書きの「蕎麦と地酒」の表記にも明らかなとおり、手打ちそばと地酒を楽しめる通好みの老舗です。

  • 「手打ち蕎麦」の文字に自信が

しばらく伺っていなかったのですが、「おそばが食べたい」と強く感じていたある日(そういう日ってありません? 僕はあるよ)にこのお店を思い出し、思い出したらいても立ってもいられなくなり、自転車をこいで向かったのでした。そしたら早く着きすぎちゃって、開店までじーっと待つことになってしまったというお粗末。でも、それだけの価値があるお店ではあります。

  • 居心地のよい店内

店内は右側と中央にテーブル席が並び、左側にはお座敷も。突き当たりにある厨房前の、天井に近いところには、半紙に筆で書かれた地酒の銘柄がズラリと並んでいます。それらを眺めていると、いやでも地酒を飲みたくなっちゃいますよね。仕事が残っていたものだから、泣く泣く我慢したけれど。

  • 地酒の銘柄も豊富

ところでこのお店、二八そばが有名なんです。メニューによれば、玄そばをそのまま粉に挽いて打っているのだとか。そのため、そばは色の黒い田舎風。そばのなかでは田舎そばが圧倒的に好きな身としては、まさに理想的なそばだといえます。

ですから、そんな二八そば本来の味わいをひさしぶりに楽しみたいと強く感じていたのはむしろ当然。しかも、しばらく鴨を食べていなかったので、鴨せいろをお願いすることにしました。

  • 今回はこれを頼もう

見覚えのあるお母さんに注文をし、懐かしい店内を眺めます。この日は一番乗りだったけれど、人気店だけあっていつもお客さんがたくさんいた印象があるんですよねー。でも改めて見まわすと、常連客が腰を据えたくなる気持ちがわかる気がします。特に奇をてらっているわけではないのに、不思議と居心地がいいからね。いや、奇をてらっていないからこそ落ち着けるというべきだな。

  • お茶をいただきながら待つ時間

ちなみにBGMはジャズ・ヴォーカル。ジャズを流すおそば屋さんは少なくありませんが、アン・バートンの“You’ve Changed”みたいなヨーロピアン・ジャズがかかったりするあたり、どことなくこだわりを感じさせもします。

  • お待ちかねの「鴨せいろ」

やがて運ばれてきた鴨せいろを目にしたら、なんだかうれしくなってしまいました。そばの実が確認できる黒い田舎風そばは、以前とまったく変わっていなかったから。必要以上に太くないところも田舎「風」ですね。

もちろん、鴨とわけぎがたっぷり入ったつけ汁も、見るからに濃厚そうでこれまた魅力的。ともあれ、まずはそばをそのままいただいてみましょう。

  • コシの強い田舎風そば

うん、予想どおり。いや、それ以上にコシが強くて香り豊かですね。噛むほどに風味が伝わってくるので、そば本来の持ち味をじっくりと楽しむことができます。そうだよね、これだよね。なんだかうれしくなってきたぞ。なんなら、そのままそばだけ食べ切れてしまえそうな感じ。

てなわけで、しっかりそばの魅力を感じたら、お次は鴨のつけ汁と一緒に。

  • 鴨も濃厚な味わい

……えーとですね、ひとくちいただいてみたところ、思わずのけぞってしまいそうになりました。なぜって、濃厚な味わいがそばの味をさらに引き立ててくれていたから。改めてメニューを確認してみると、「マガモとアヒルの間に生まれる合鴨の抱き身と、鴨の油で炒めたわけぎをだし汁で合わせました」と書かれていますね。なるほど、だからここまで深みのある味になっているんだな。

偉そうに論じることができるほど大層な舌を持っているわけではありませんけれど、それでもこの味のすごさはわかります。食べ進むごとに違った味わいが口内に広がっていくようにも思えるし、これはたまらん。「このそばをエンドレスで食べ続けていたい……」と、本気で思ったくらいですから。

とはいっても、おいしいそばは、やがてなくなってしまうのです。そこで、締めはそば湯でつけ汁を楽しむことに。少し多めにそば湯を入れて、だし汁の深みをじっくりと味わいました。

いやー、やっぱりすごいそばだったな。お邪魔して本当によかった。

でも実をいうと、僕はいまだかつてここで、自慢の地酒をいただいたことがないのです。昼間にしか来たことがなかったしね。でもそれは、この店の魅力を半分しか知らないということでもあります。だから、今度は夜にもお邪魔してみなければ。

●中清 吉祥寺
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町4-4-15
営業時間:木〜火11:30〜22:00
定休日:水曜日