いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、三鷹の「お食事 樹」をご紹介。
ランチタイムのピークに行ってみたけれど…
三鷹駅の南口を出て南方向に少し進むと、以前ご紹介したことのある「茶房 ふれーず」という喫茶店があります。今回ご紹介するのは、そのさらに先にある「お食事 樹(いつき)」という食堂。
三鷹出身の久住昌之さんが原作を手がけた『孤独のグルメ』にも登場したことがあるお店で、僕も三鷹に住んでいたころに何度かお邪魔しておりました。三鷹を離れてからは15年くらい経ちますから、それ以来ということになるんですけどね。
伺ったのは、ある平日の13時半近く。つまり一般的に考えればランチタイムのピークは過ぎていますし、そもそも三鷹通りは、商店街のある中央通りとは違ってそれほど賑わっているエリアではありません。
だから混雑はしていないだろうなと思っていたのですけれど、引き戸を開けてみてビックリ。右側の厨房を囲むL字型のカウンターも、左側のテーブル席も、ほぼ埋まっていたのです。
厳密にいえば奥のテーブル席のお客さんは帰ったあとのようだったのですが、まだ片づいていない状態。とはいえ、それは仕方がないことなのです。なにしろ調理から接客、お勘定までのすべての仕事を、お母さんがたったひとりで担当しているのですから。つまり、片づけたくても手が回らない状態。
「ごめんなさいね、慌ただしくて。荷物はそっち(のテーブル席)に置いて、こちらのカウンター席へどうぞ」
切れ目なく動きながらも、お母さんが声をかけてくださります。前に伺ったときは2人体制だった気がするんだけど、思い違いだったのかな? それはともかく、この働きっぷりには頭が下がる思いです。
さて、なにを頼みましょうか?
豚肉生姜焼きとか、ハンバーグがおいしかった記憶があるんですよ。だから、そのどちらかにしようかなとか、「いやいや、メニューには単品しかないけどハムエッグを定食にしてもらおうかな」などと思いながらメニューを眺めていたところ、ちょっと気になるものを発見。
「肉うま煮定食」って、どんな感じなんだろう?
なんだかとっても気になってしまったので、これにしてみることにしました。
でも待ちながら厨房の様子を眺めていたら、強い火力で調理される豚肉生姜焼き肉野菜炒めなどがっつりパワフルなものを頼んでいる人が圧倒的に多いですね。フライパンの下から何度も火柱が立ち、なかなかの迫力です。
炒めものをする合間にご飯をよそい、味噌汁を温め……と、お母さんの動きはエンドレス。小声で指差し確認をしたりしていましたが、それぞれ異なる数人分の料理を無駄なく調理しているわけですから、そりゃー確認は必要ですよね。
そして、できあがった料理はカウンター越しにお客さんのところへ。お客さん側もみんなお母さんの忙しさを理解していて、各人が負担をかけないように気を遣っていることが見てとれます。お母さんが一段落するまでお勘定を待っている人もいたし、なんだか調和がとれていていい感じだなー。
で、そうこうしているうちに、「はい、お待たせしました」と肉うま煮の皿が差し出されました。次いでご飯の茶碗と、豆腐と油揚げの味噌汁も登場です。なお忙しくて一緒に出せなかったようで、おでんの入った小皿とおしんこもあとから出てきました。
なるほどー、こういう感じか。
肉うま煮をじっくりと眺め、いろいろと納得です。
大きな白い皿の上には、餡で絡めた豚肉、エビ、イカ、白菜、にんじん、ピーマン、木耳がたっぷり。予想以上のボリュームで、しかも食べてみれば口内を火傷しそうになるほどアツアツです。濃すぎず薄すぎず、ご飯のおかずにちょうどいい味つけ。
待っている間に周囲のお客さんの様子を眺めつつ、「やっぱり豚肉生姜焼にすべきだったのかなー」などと考えたりもしたのですが、結果的にはこれにして大正解でした。目の前に並ぶすべての料理がおいしくて、とても満足できたので。
お勘定のころには少し落ち着いてきたので尋ねてみたところ、基本的には息子さんとの二人体制なのだそうです。ただ息子さんの本業は声楽家なので、お母さんのワンオペ状態になってしまうことも多いのだとか。それは大変だなあ。
「ほら、そこに貼ってあるでしょ」
見れば、息子さんが参加するというコンサートのポスターも。そういうことをお聞きしちゃうと、「ヨハネ受難曲」が披露されるというそのコンサートのこともなんとなく気になっちゃいますねえ。
●お食事 樹
住所:東京都三鷹市上連雀2-3-7
営業時間:11:45~14:00、18:45~23:00
定休日:日曜