いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、高円寺の洋食屋さん「キッチン フジ」をご紹介。
迫力満点の「本日の定食」ランナップは…?
高円寺・中通り商店街にあるお店は、これまでにも何度かご紹介してきました。このあたりにはそれほど見逃せないスポットが多いわけですが、今回ご紹介する「キッチン フジ」もそのひとつ。半年ほど前に書いたことがある「三晴食堂」の並びにある、古くて小さな洋食店です。
などと知ったようなことをほざいておりますが、お邪魔したのは30年ぶりくらい。でも、そこには理由がありましてね。
中通りはしょっちゅう通っていて、そのたびチェックしていたのですけれど、このお店の営業は基本的に夕方以降なんですよ。昼間は日曜日しか開いていないのです。
飲み屋へ行くならまだしも、夜に高円寺まで食事に出ることはほぼないもので、必然的に行けるチャンスに巡り会えなくて。で、気がついてみれば30年も経っていたというわけですさ。
でも先ごろ、ある日曜日にようやくチャンス到来。家族が揃って出かけてしまったので、「こういうときこそ!」と自転車のペダルを漕いだのでした。
かくして到着したのは開店時刻の11時半。当然ながら一番乗りです。
左側と突き当たりにL字型のカウンターがあり、その向こう側が厨房。右側には2人がけのテーブル席が2卓用意されています。その手前のほうに座って店内を見渡した瞬間に頭をよぎったのは、「こんなに広かったっけ?」という思い。それだけ時間が経っているということなのでしょうが、懐かしいというよりもむしろ新鮮な感じです。
さて、なにを頼みましょうか?
ドア横の古い看板にある「魚バタ焼」「ポークソティー」などの味わい深い表記にも心惹かれましたし、他にも食べたいものがたくさんあったのですけれど、ここはオーソドックスに、表のホワイトボードにあった「本日の定食」を注文。「豚肉ショーガ焼 ベーコンエッグ メンチカツ(三品)盛合わせ ライス 味噌汁 御新香 サラダ付」と書かれています。
で、ほどなく厨房から聞こえてきた調理の音に耳を傾けつつ、改めて店内を眺めることに。
木目合板の茶色い壁と、そこに配置された照明器具、剥き出しの蛍光灯、見るからに古い洗面台などなど、すべてのエレメントが昭和レトロそのもの。店頭に「SINCE 1966」と書かれているので、今年で56年目ということになりますね。有名店が連なる高円寺の商店街の片隅で、そんなに長いあいだ営業を続けられているということ自体に感服します。
それにしても、やがて運ばれてきた「本日の定食」のボリューム感にびっくりです。シルバーの大きなプレートには、ピーマンの彩りも魅力的な豚肉ショーガ焼、その下に隠れたスパゲティナポリタン、ソースのかかったメンチカツ、ベーコンエッグ、キャベツの千切り、トマトがズラリ。それだけでもかなりのボリュームなのに、別皿でサラダとお新香、味噌汁がついています。ちなみに味噌汁は豚汁ですね。
すべてが並んだところを俯瞰してみると、なかなかの迫力です。これで700円だというのですから、驚くほどにリーズナブル。
しかもね、素人の僕が見ても、明らかに仕込みがしっかりしているんです。サラダのドレッシングも手づくりだと思われますし、濃いめの味つけの豚肉ショーガ焼も、肉の味わいが感じられるメンチカツも、玉子の上にベーコンが被さったベーコンエッグも、つけ合わせのナポリタンも、それぞれがちゃんとおいしい。
しっかりと手がかけられていて、キャベツの千切りの細やかさにすら56年間のキャリアが反映されているような印象です。
こういう昔ながらの手料理をつまみながら、ビールを飲んだりしたら幸せな時間が過ごせるだろうなあ。しかもランチのついでにではなく、夕暮れ時に、テレビのニュースを眺めながらゆったりと流れていく時間を楽しむようなペースで。
いつか遅い時間にお邪魔して、そんな時間を楽しんでみよう。そう心に決めた日曜日のランチタイムだったのでした。
●キッチン フジ
住所:東京都杉並区高円寺北3-10-1
営業時間:11:30〜14:30(昼は日曜のみ)、17:30〜21:00
定休日:水曜、木曜