いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、高円寺の喫茶店「珈琲 高円寺茶房」をご紹介。
老舗ならではのプロ意識が伝わる喫茶店
高円寺駅北口を出て、有名な「純情商店街」を奥まで直進。突き当たりを右折したらすぐ左側に、いい感じにレトロな喫茶店が現れます。周囲に馴染みすぎているので見落としてしまうかもしれないその店が、今回ご紹介する「珈琲 高円寺茶房」です。
この日お邪魔したのは、とある平日の午前11時過ぎ。いつも何人かはお客さんが入っている印象があったし、そもそも9時から開けているお店なのです。だから混雑してるかなとも思ったのですけれど、その時点で先客はカウンターに、常連さんらしき男性がひとりだけ。これはラッキーかも。
とはいえ僕は常連といえる人間でもないので、手を消毒してから目立たないように、入り口近くの隅っこに座ろうとしたんです。そしたらママさんから「こちらへどうぞ」と声がかかったので、遠慮なくカウンターを正面から望める特等席へ。さりげなくも暖かな、こういう配慮はうれしいですね。
ちなみにママさんは肩の部分にフリルがついた白いエプロンを着用されており、マスターはワイシャツにネクタイ、ベストとスラックスというオーソドックスかつ上品なスタイル。そんなところからも、老舗ならではのプロ意識が伝わってきます。
それはそうと、お昼が近かったのでランチも済ませようと思ったんですよ。しかし、そもそもここはコーヒー専門店なので、料理のメニューはトースト中心です。
シーフードスパゲティもありましたが、チーズトーストに「本場オランダ産のチーズ使用!」と書かれていたことからも推察できるように、力を入れているのは間違いなくトースト類。しかもサラダとゆで玉子は、それぞれ破格の50円です。ってことで、ブレンドコーヒーとピザトーストのセットをお願いしました。
けれど実をいうと、ピザトーストって学生時代のころ以来食べていなかったんですよね。かつてそれはピザの代替品でしかなく(少なくとも僕はそう感じていた)、1980年代くらいになってからは本格的なピザが簡単に食べられるようになったじゃないですか。だから、以後はピザトーストの存在価値が急速に薄れていったような印象を持っていたのです。
「ピザ食べられるのに、わざわざピザトースト食べる必要もないだろう」みたいな。そんなこともあって意識することがなかったんですが、このお店ではその存在感がまだ大きい。だったら食べてみたいと思うのは当然です(よね?)。
それにしても、クラシックの流れる店内はいい雰囲気です。しかも、僕が着席してからも数人のお客さんが入ってきたのですが、間違いなくみんな常連さん。人が入ってくるたびにママさんが「おはようございます」と声をかけ、慣れた感じの会話が始まり……という感じで、いい感じの社交場感が醸し出されているのです。
しかもみなさん70代くらいのようなので、今年はまさかの還暦(笑える)となる僕が最年少という、非常にいい感じのユルさです。
とはいえ、とっても居心地がいいんですよ。周囲が常連さんばかりだと、ちょっといづらくなったりしがちですよね。けれどここは閉鎖的な雰囲気ではないし、それどころか、場の雰囲気を無理なく受け入れることができるのです。
さて、そうこうしているうちに、お待ちかねのピザトーストが登場です。木製プレートの上に、厚すぎず、薄すぎもしないピザトーストと、トマト、レタス、コーンの入ったサラダ、そしてゆで玉子。そして傍には、サイフォンで淹れられたブレンドコーヒー。
そのルックスを見ただけで、高校生のころに通っていたコーヒー専門店のことを思い出してしまいました。これこそ昭和のスタイルですよ。
でね、ピザトーストに意外なほど感動してしまったのです。なぜって、トマトソースの上に玉ねぎやピーマンが乗り、チーズがたっぷりかかったそれは予想以上に本格的だったから。
さっきピザトーストを否定するようなことを書いちゃいましたけど、外側がクリスピーで内部がふんわりとしたそれは「ピザの代替品」を超えたクオリティ。ひとくち食べるたびに、「ピザトーストって、こんなにおいしいものだったっけ?」と感心するしかなかったわけです。
しかも意外なことに、おなかにしっかりたまるボリューム感。味のバランスが整ったブレンドコーヒーとの相性も絶妙だったし、いろいろな意味において満足できたのでした。
やはり、長く続いている店には長く続いている理由があるものなんですね。
●珈琲 高円寺茶房
住所:東京都杉並区高円寺北2-22-4 三樹ビル1F
営業時間:9:00~18:00
定休日:日曜日、水曜日