いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、荻窪の食堂「やしろ食堂」をご紹介。
看板に添えられたひとこともチェックしたい
荻窪駅北口の「教会通り」は、荻窪を代表する商店街。
「五稜郭」「ねいろ屋」と人気のラーメン店には行列ができ、はちみつ専門店の「ラベイユ」はしばしばマスコミで紹介されたりと、とくに近年は急速に洗練されてきた印象があります。
とはいえ昔は古い店が多く、決して華やかでもなかったんですけどね。などと断言できるのは、このあたりは僕の地元だから。ってなわけで、いいところも悪いところも知っているわけです。で、同じくこの商店街を見つめ続けてきたのが、青梅街道と天沼教会とのちょうど中間あたりに位置する「やしろ食堂」。創業は昭和51年(1976年)なので、今年で46年目ということになります。
かつては東京中に16店舗ほどあったチェーン店のひとつ。ところが時代とともにその数は減っていき、現在は高円寺、方南町、そしてこの荻窪店と、3軒のみになってしまったという経緯があります。
ちなみにこのお店、僕のSNSのフォロワーさんからは有名なお店でもあるんですよ。僕はこのお店の日替わりメニューの看板をほぼ毎日SNSに上げているのですけれど、その内容がなんとも味わい深いから。当然のことながら毎日変わる日替わり定食を記したものなのですけれど、その横に書かれたひとことメッセージが超絶オモロいのです。
たとえば先日伺ったときには、「肉豆腐」という表示の横に「ありゃ・ら…」と謎のフレーズが。ご主人が時事ネタや思いついたことをおもしろ半分で書いていたら、それが人気になっていったようです。
ただし当然のことながら、それはこのお店の魅力の一部にすぎません。ご主人は「特別な個性があるわけでもない、普通の町場の食堂」だとおっしゃるのですが、町場の食堂としての基本、すなわち“安くておいしい”を貫き通しているからこそ46年間も続いてきたわけです。
日替わり定食を、あるいはズラリと並ぶ短冊のなかから好みの品を注文してみれば、ここが長く愛され続けてきたことはきっと理解できるはず。なにを食べてもおいしくて、しかも驚くほど安いのです。
それに、決して新しくはないものの、いつ見ても店内は清潔です。掃除が行き届いていて、どこもかしこもピカピカ。女性のひとり客などもよく見かけるのですが、たしかにこれなら安心して食事ができます。
ところで、この日はあじフライが食べたかったんです。それに寒かったから、ちょっと温まりたかったんですよね。そこであじフライ定食にして、味噌汁を豚汁に変更してもらうことにしました。
現在、ご主人はホール(と看板記載)担当で、調理は息子さんの役目。奥様もサポートをしており、家族3人でバランスよく店を切り盛りされています。で、店内に流れるTBSラジオを耳にしながら待っていたら、ご主人が「はい、お待たせしましたー」と、プレートに乗ったあじフライ定食を運んできてくださいました。
大きな皿には、千切りキャベツとあじフライが2枚。小皿は、青菜とにんじん、ちくわが見える和えもの、それから漬物。大盛りのご飯も豚汁も湯気を立てています。そうそう、求めていたのはこういうやつ。
ウスターソースをたっぷりかけてから箸で持ち上げたら、ちょっとビックリ。もちろんなんの変哲もないあじフライなんですけど……けっこう重たい。つまり、それほどしっかりしているわけです。あじフライを重たく感じたことなんて初めてだぞ。
食べてみたら、あじの風味がふわっと広がっていきます。しかも肉厚だから、食べごたえも抜群。最初はご飯が多すぎるかなとも感じたのですけれど、あじフライと小皿のおかげでしっかり食べられました。豚肉たっぷりの豚汁もアツアツで、体がポカポカと温まってくる感じ。
やっぱり、ここはなにを食べてもおいしいなあ。
なお、補足情報をひとつ。醤油の下味が最高な唐揚げを筆頭に、酒のつまみになるものもたくさんあるのですが、基本的にここは食堂。ですからアルコール類はビールくらいしかないんですよ。以前、3、4人でお邪魔し、店にあったビールを全部飲んでしまったことがあったのですが(コラ!)、飲み足りない場合には隣のそば屋「長寿庵」に移動して日本酒をいただくという裏技もあります。
●やしろ食堂
住所:東京都杉並区天沼3-27-8
営業時間:11:00~22:00(新型コロナウイルスまん延防止措置に伴う変更あり)
定休日:日曜日