いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、新宿の喫茶店「ピース」をご紹介。
新宿のどまんなかにある老舗の喫茶店
1979年代中期のころ、西口小田急ハルクの上階に「テクニ7(セブン)」という名がついた、ナショナル(現パナソニック)のショールームがありました。なにしろショールームですから、最新のラジカセやステレオがズラリと並んでいるわけです。
ボロボロのトランジスタ・ラジオ(ホントにボロボロだったよ)しか持っていなかった中学生の僕にとって、そこはまさにパラダイスでした。公開スタジオのようなスペースでは最新のレコードをたくさん聴くことができたし、何時間いても飽きなかったのです。
そういえば、イントロ当てクイズで準優勝して、商品をたくさんもらって帰ったこともあったなー。いずれにしても楽しくてたまらなかったから、週末はほとんどそこへ通っていたような気がします。もちろんお金なんかなかったので、買えもしないオーディオ機器を眺め、いじってみてはワクワクしてるだけだったんですけど。
そう、お金がなかったんですよ(いまもないけど)。どこかで食事をするなんてこともできず、ラジカセやステレオのカタログをごっそりもらって帰ってくるだけ。だから、少なくとも中学生だったあのころは、同じビルにかわいい喫茶店があるなんてまったく知らなかったのでした。
小田急ハルク1階の、青梅街道に近いほうにある「ピース」は、見た目もレトロな喫茶店。「ピース 珈琲の店」という看板の書体がまさに昭和ですが、それもそのはず。昭和30年代から続く老舗なのです。恥ずかしながら詳しいことはわからないのですけれど、現在ハルクがある場所に小田急百貨店ができたのは1962年で、そこが「小田急ハルク」として新装開店したのが67年だというので、開店当初は違う場所にあったのかな? ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。
いずれにしても僕が(おそらく高校生ぐらいのころ)初めて入ったときには、すでにハルクにあったように記憶しています。
で、そのときの印象が「スモーキー」。要はタバコの煙で覆われていたわけです。でも70年代の喫茶店は、たいていどこもそんな感じだったんですよねー。
だから当時から違和感はなかったのですが、「ピース」の場合、それはいまも変わらず。つまり“昭和喫茶”としてのスタンスを崩さず、当時から一貫して喫煙OKだということです。でも、けっこうな数の喫煙者がいるにもかかわらず、それほど気にならないから不思議。ひょっとすると、100席もある大型店舗であるおかげかもしれません。
それにスペースの取り方もゆったりとしているし、無駄のない動きで迅速に対応してくれる店員さんも適度な距離感を保ってくれるので、純粋に居心地がいいんですよね。
この日は新宿での用事まで時間があったため、時間を潰すために立ち寄ったのでした。時刻は午前11時を少し過ぎたあたり。お昼にはまだ早かったし、コーヒーだけを頼んで本を読んで過ごしました。ジャズが流れていましたが、音量も大き過ぎず小さ過ぎず適切。
すぐに出てきたコーヒーは、イマドキのコーヒーとはまったく違う、昔ながらのつくり置きスタイルです。でも、こういうお店ではこれでいい、いや、これがいいんだよなぁ。適度な酸味が感じられるその味は、クオリティがどうという以前に「喫茶店のコーヒー」だから。
印象的だったのは、新宿のどまんなかにありながら、お客さんとのコミュニケーションがしっかり成り立っているように見えたこと。僕のような一見客をいい感じで放っておいてくれる一方、若い店員さんたちは、次々と入ってくる常連さんと楽しそうに、自然に話をしているのです。
そのやりとりには無理がないので、聞こえてくる会話の断片を耳にしているだけでも温かい気持ちになれるのでした。「そういえば、昔の喫茶店ってこういう感じだったなあ」というふうに。
ちなみに、サンドイッチのような軽食からスパゲティまでランチメニューも充実。あとから入ってきて、少し離れた席に僕と向き合うようなかたちで座ったおばあさんが、山盛りのナポリタンを迷いもなく食べていたりしてかっこいい。「いやはや、新宿の人たちはタフだなぁ」などと、余計なことを感じたりもしてしまったのでした。
今度お邪魔したときには、僕もボリューム満点のランチメニューに挑戦してみることにしよう。
●ピース
住所:東京都新宿区西新宿1-5-1 小田急ハルク1F
営業時間:9:00〜22:45
定休日:なし(年末年始を除く)