いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、西荻窪の中華料理店「ちんとう」をご紹介。
西荻窪南口を出て目の前の「西荻南口仲通街」を抜けたら、交差する神明通りを突っ切ってさらに直進。そのまましばらく進んでいくと、やがて右側に、白い立て看板しか出ていないお店が現れます。アルミサッシの引き戸にかかる「営業中」の札を見落としたとしたら、お店だということにも気づかないかも。そこが、今回ご紹介する「ちんとう」。60年もの伝統を持ち、地元民から厚い支持を受けている中華のお店です。
地味すぎるだけに入りにくく感じるかもしれませんが、お店のお母さんはとても親切。この日は開店前に着いてしまったため外で少し待っていたのですが、開店するや「寒いなかお待ちいただいて申し訳ございません」とやさしいことばがかかり、席についてからも暖かくなるようにとストーブの位置を調整してくださったのでした。うれしい配慮。
花瓶や壁にかかった絵を除けば店内に装飾物のたぐいは少なく、左右にテーブルが数卓ずつ並ぶ店内は素っ気ないくらいにシンプル。でも、それでいいのです。入り口のすぐ左脇の本棚には申し訳程度に漫画も並んでいますけれど、読む人の数は少ないでしょうし。
なぜって基本的にここは、このお店の味が好きな(マニアのたぐいではない)お客さんが集まる場所だから。なにかと評価が高くもあるけれど、基本的には街場の中華屋さんだということです。その証拠に、お昼前だというのにどんどんお客さんが入ってきます。
餃子もおいしいので、本当ならば「まずはビールに餃子」といきたかったところ。しかし仕事があったため、泣く泣く断念。平日だし、仕方がありませんね。とはいえ、このお店には他にも非常に魅力的なメニューがあるのです。というよりも、それこそが看板だというべきかもしれません。
なにかって、チャーハンですよ。
メニューを見れば一目瞭然なのですが、なにせ基本の「チャーハン」は小・並・大の3種類。さらにはそれ以外にも「玉子チャーハン」「かにチャーハン」「えびチャーハン」「五目チャーハン」と、バリエーションがとても多いのです。つまりはそれだけ、チャーハンに自信をお持ちだということ。
ということで、お水を持ってきてくださったお母さんに「五目チャーハンをください」と伝えたところ、別の席からも「私も五目チャーハンでお願いします」との声が聞こえてきたり。知らない人同士が、五目チャーハンでつながれる感じって、このお店の雰囲気があってこと成り立つものだという気がします。
厨房にはもうひとりのお母さんがいらっしゃり、しばらくするとチャーハンを炒める音が聞こえてきます。「音だけでお腹が空いちゃうなあ」と思っていたら、ほどなく目の前にはお待ちかねの五目チャーハンが登場。次いでスープとたくあんも運ばれてきました。
まず目につくのは、かに、うずらの玉子、グリーンピース。てっぺんに盛りつけられたそれらが、圧倒的な存在感を放っているのです。なかでもとくに、かにがいいですねえ。ただでさえおいしいチャーハンの味を、淡白でありながら奥深いかにの風味が引き立ててくれるような印象があるから。
他にも細かく刻まれた玉ねぎ、かまぼこ、肉、メンマなどが確認できますが、各具材は主張しすぎず、かといって埋没しているわけでもありません。いってみれば、ジャズのビッグ・バンドという感じ。メンバーは多いけれど、誰かが欠けたら成り立たなくなってしまうというような、絶妙のバランスが保たれているのです。
おたまで丸くきれいに整えられたそのプロポーションは、一見すると少し小さめ。しかし、食べてみれば印象がかわるはず。仕上げはしっとりとパラパラのちょうど中間あたりで、しっかりとした食べごたえがあるからです。
でね、意外と侮れないのがたくあんの役どころ。正直なところ、たくあんがなかったとしても別に困りませんよね。僕も最初はそう思っていたのですが、じつは箸休めにちょうどいい。ときどきレンゲの動きを止め、あえてたくあんをポリポリやると、そのあとにふたたび食べるチャーハンの味がさらに引き立つわけです。
もちろん、オーソドックスなスープの味も申し分なく、それぞれのパーツが全体を見事に引き立て合っている印象。だからね、やっぱりこれはビッグ・バンドなんですよ。
●ちんとう
住所:東京都杉並区松庵3-31-17
営業時間:11:30〜15:00、17:30〜21:00
定休日:火曜日