いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、神田にある「珈琲専門店エース」です。
変わらぬレトロ感は完成の域
いまから25年ほど前(そ、そんなに経つのか……)、神田の小さな広告代理店に勤めていました。事務所のあった内神田周辺には、多くの思い出があります。
たとえば、西口商店街から少し外れた一角にある「珈琲専門店エース」もそのひとつ。たしか最初は会社の人に連れられて行ったのですが、気に入ってしまい、以後も何度か足を運んだのです。
それにしても、約25年ぶりかー。いくらなんでもブランク空きすぎですね。でもうれしかったのは、お店の雰囲気があのころとまったく変わっていなかったこと。ずっと時が止まっているかのように、そこで待っていてくれたのです。
そもそも1990年代の時点で、すでにレトロ感は完成の域に達していたしなぁ。まぁ変わりようがないお店だし、変わってはいけないお店でもあるんですけど。
オープンから49年だというので、1971年以来の歴史があることになります。70年代といえば、「珈琲専門店」の全盛期。店頭のメニューにはさまざまなコーヒーのメニューが並んでいますが、当時はこのバリエーションの豊富さがセールスポイントになっていたんですね。
なお、そんなこともあり、以後この記事では「コーヒー」をあえて「珈琲」表記に統一したいと思います。やっぱりエースは「コーヒー」ではなく、「珈琲」のお店ですから。よく見ると「コーヒー」と書かれている箇所もあるのですが、それでもやっぱり、ここでは「珈琲」が正しい気がします。
「バター珈琲」と「のりトースト」は相性抜群
カウベルがカランコロンと音を立てるドアを開けて入ってみると、目の前にはベージュを基調とした空間が広がります。
いたるところにディスプレイされた手書きのメニューはコーヒー色で、テーブルや椅子もベージュとブラウン。つまり、そこにあるすべてのものが同じ色調で統一されているのです。
おしゃれだなー。店内にBGMはなく静かですが、別に音はいらないなぁと思わせてしまうから不思議。
ともあれ、このお店を再訪したとなれば、頼むべきメニューは決まっているのでした。「バター珈琲」と、名物メニューである「元祖 のりトースト」。
というのも僕、このお店のことを思い出すたび、なぜかバター珈琲を頭に思い浮かべてしまうのです。バター珈琲なんて、普段はほとんど飲むことがないのに。
記憶は定かではないものの、もしかしたら、あのころ飲んでおいしかったからなのかもしれません。もちろん推測ですけれど、いずれにしても僕のなかでは「珈琲専門店エース=バター珈琲」なのです。
ちなみに僕はブラック派なのですが、バター珈琲に関しては話が別です。なぜって砂糖の甘味を加えると、珈琲とバターの香りが効果的に引き立つから。
でも、シュガーポットを開けて珈琲に砂糖を入れるという作業自体、何十年ぶりって感じだよなぁ。そんなことを考えながら砂糖を2さじ入れてかき混ぜて飲んでみると、ふわーっとした風味が広がっていきます。
やっぱりおいしいわー。そしてもうひとつ、このお店を代表するのが「珈琲との相性抜群」と書かれた「元祖 のりトースト」です。
その名のとおり、のりをパンではさんだシンプルなトースト。サクッとしたパンの食感、バターの風味、のりの香ばしさ、アクセントのしょうゆのバランスが絶妙で、珈琲との相性抜群です。
ちなみにマスターにお聞きしたところ、のりトーストのアイデアのもとになっているのは「母親がつくってくれたのり弁」なのだとか。なるほど、発想の勝利ですね。
訪ねたのは、朝の11時すぎ。途中で「ひとりなんですけど」とお客さんが入ってきたり、珈琲会社の営業マンが新人社員と同伴で挨拶しにきたり。
穏やかに、平日午前の空気が流れていきます。なんてことのない時間が、いかに大切であるか。そんなことをエースは教えてくれたのでした。
●珈琲専門店エース
住所:東京都千代田区内神田3-10-6
営業時間:月~金7:00~18:00
土7:00~14:00
定休日:日曜日・祝日