いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、荻窪の中華そば店「丸信」をご紹介。
普段使いの中華そば屋さん
その渦中にいる人と、外側にいる人とでは、見え方、見方、感じ方は多少なりとも変わってくるものです。もちろんそれは、食べものについても同じ。
荻窪といえばラーメンが有名で、ランキングのたぐいも至るところで目にします。いままでになかったようなタイプの新店も増えている近年は、さらに活気づいているようにも思えます。
ところが地元の人間からすると、必ずしもランキング上位の店が自分にとってのベストとは限らないんですよね。いや、ランク上位にいる店がダメだという意味ではなくて。
たとえば僕の場合、“あの店”や“この店”がどれだけ高く評価されようとも、「いちばん好きだ」と断言したいのは、いつの時代もやっぱり「中華そば丸信」なんです。
ラーメンマニアから高い評価を受ける「丸長」の流れをくむ、昭和25年創業の老舗。そのバックグラウンドは紛うことなき名店としての証ですが、それ以上に重要なポイントがあるのです。
マニアからの評価がどうという以前に、地元の人から“普段使いの中華そば屋さん”として愛され続けているという絶対的な事実。その証拠に、伺うとかなりの高確率で、おじいさんやおばあさんがひとりで中華そばを食べている姿に遭遇します。
「ちょっとラーメンが食べたいな。だから丸信に行こう」
わかりやすくいえば、そんなお店だということ。これ以上の説得材料って、ないんじゃないかな?
荻窪駅北口から新宿を背にして10分弱進んだ、杉並公会堂のちょっと先。つまりは決してアクセスがいいわけではないのですが、それでも常にお客さんが入っているのは、他所から来た人のみならず、地元の人も利用しているからなのだろうと思います。
ちなみにあまり話題にならないのですが、僕の知る限り1980年代後期あたりまでは、駅前のロータリーにも支店がありました。茹でと湯切りをロボット(というか機械)が担っていた先進的な店で、よく利用していただけに、なくなってしまって残念。
で、いまある店舗も以前はもっと店内が広かった(現在ふさがっている左側部分にもテーブル席があった)ので、規模はやや小さくなった気がします。
とはいっても、狭苦しい印象は皆無。厨房を囲むようなつくりになっている左側のL字型カウンターには椅子が5卓並び、右側には4人がけのテーブルが。スペースがゆったりとられているので、周囲に気を使う必要はありません。これくらい余裕があったほうがいいですよね。
ってことで注文です。お願いしたのは、いつものように「チャーシューメン味玉入り」。個人的には昔から、丸信といえばこれなんです。
ところで話は変わりますが、待っているあいだに今回もまた、おじいさんがひとりで入ってきました。奥の席に座るや、迷うことなく中華そばを注文。常連さんのようで、お店の方も自然に対応しています。
ほらね、そういうお店なんですよ。
さて、ほどなく登場したそれは、やはりスープが秀逸。風味豊かな鰹だしは丸信最大のセールスポイントで、その風味がとにかく最高なんです。スープをすするだけで、心が満たされるような感じ。
滑らかな食感を持つ中太麺も、そんなスープと抜群の相性。スープにも麺にも、もう何十年も前から変わらない印象があります。だから、ときどき無性に食べたくなってしまうのです。
ただ、ひさしぶりにお邪魔した今回は、それ以外のところにちょっとした変化を感じました。気のせいだという可能性も否定できないのですけれど、味玉とチャーシューが進化しているように思えて。
まず味玉、僕の記憶だと以前はここの味玉って硬めだったはずなのですが、いい具合に半熟なんですよね。箸ですっと割れるくらいの柔らかさで、それが明らかにいい効果を生み出している。硬い卵もそれはそれでよかったんだけど、これはこれで充分にアリだと感じました。
そしてチャーシュー。こちらも完成度が著しく向上している気がしたなぁ。なにせ、箸でつまんだだけでホロっと崩れてしまうほどの柔らかさなのですから。昔はもうちょっと硬めだったように思うのですが、これもまた明らかな進化だと思ったわけです。
スープがおいしすぎ、つい完飲しそうになってしまったのもいつもどおり。というわけで、今回もまた大満足だったのでした。
●中華そば丸信
住所:東京都杉並区上荻1-24-22
営業時間:[月・火・木・金]11:00〜17:00 、[土・日・祝]11:00〜15:00
定休日:水曜、第3木曜、第1日曜