身近だけれど知らない業界のお仕事を覗き込むのは楽しいもの。現在、『モーニング・ツー』で連載中の『刷ったもんだ!』は、元ヤンの主人公・真白悠をはじめ癖の強い社員たちによる印刷会社を舞台にしたお仕事コメディー漫画です。
今回、8月23日に最新刊・第10巻が発売されたことを記念して、漫画『刷ったもんだ!』作者であり、印刷会社で働いた経験がある染谷みのる先生と、同漫画の取材協力も行っている印刷会社の"中の人"との座談会が実現しました! 印刷業界、そして社会人あるあるで盛り上がった座談会の様子をお届けします!
お話を伺った方
『刷ったもんだ!』著者:染谷みのる先生
漫画家・イラストレーター。自身も印刷会社に勤務していた経歴がある。『サンタクロースの候補生』全2巻(芳文社)、『君はゴースト』全2巻(祥伝社)。「モーニング」初登場となった大反響読み切り『あなたに耳ったけ!』はコミックDAYSで無料公開中。緑陽社 鈴木さん
東京都府中市の同人誌印刷・オリジナルグッズ製作・自費出版をメインに扱う印刷会社。7月末~8月中旬は、夏のコミックマーケットに向けた繁忙期。安達写真印刷 橋本さん
石川県白山市のアルバムを専門とする印刷会社。北は北海道から南は沖縄まで、幼稚園から大学まで、日本全国約4,300校の卒業アルバムを手掛ける。KPSプロダクツ 村井さん
東京都文京区の、コミックや書籍のコンテンツクリエイトを強みとする講談社グループの印刷会社。雑誌からコミックスへの二次生産、さらに電子版や愛蔵版への三次生産といった提案も得意とする。
お仕事漫画、その業界で働く人からはどう見える?
――東京近郊の印刷会社「虹原印刷」で働く人々を描いた漫画『刷ったもんだ!』は、お仕事漫画らしく「印刷業界あるある」が多数詰め込まれています。
緑陽社 鈴木さん:漫画の舞台である「虹原印刷」と同じく、私が働く緑陽社も印刷機械や工場を持っている同業者です。印刷会社の組合などで社長たちが集まると、『刷ったもんだ!』を読んでいる、と話す人は多いですよ。
染谷先生:よかった~!
緑陽社 鈴木さん:僕も取材協力でちょっと関わっているんですよね~とか、会話のネタに使わせてもらっています(笑)。一方で緑陽社では卒業アルバムの印刷は取り扱っていないので、同じ印刷業界でも知らないことが多いですね。製本などが独特だなあと思いながら読んでいます。
安達写真印刷 橋本さん:安達写真印刷は卒業アルバムを主に扱う印刷会社です。「卒業アルバム」というニッチな分野を漫画で扱ってくれるのはうれしいですね。
卒業アルバムってすごく納期が集中する印刷物なんです。AIの顔認証で写真をセレクトしたり、Webで編集できるシステムを開発したりとお客様が使いやすいサービスも提供していますが、卒業時期に仕事が集中するので繁忙期はピリオドの向こう側の疲労感があります。『刷ったもんだ!』で描かれている繁忙期のシーンを読みながら、「わかるな~」と共感していました。
染谷先生:ピリオドを超えている…。私も印刷会社に勤務していたのですが、卒業アルバム担当の方は「繁忙期は人間じゃなくなる」と言っていました。
――印刷会社とひと口に言っても、得意とされる分野は様々なのですね。
KPSプロダクツ 村井さん:会社ごとにも異なりますが、そもそも印刷は工程が多いので「同じ会社でも他の部署が何をやっているかわからない」ということは多々あります。『刷ったもんだ!』は「様々な印刷のエピソードを描いているので、ヘタなマニュアルよりも新人研修に使いたい」と言う人もいますね(笑)。
私は社内とお客さんとの橋渡しをする営業の仕事を、KPSプロダクツで担当しています。『刷ったもんだ!』のキャラクターでは、印刷の工程管理を担当する生産管理課の東雲さんがお気に入りですね。社内外の調整を行う司令塔のような存在ですが、紙への愛が重すぎる"変人っぽさ"も印刷会社の人らしいです。
染谷先生:印刷会社に勤務していたころは、確かに他の部署と触れあうことは多くなかったです。『刷ったもんだ!』を描くにあたり、印刷会社の方々に取材していますが、そこで知ったことも沢山ありますね。取材を通して勉強させてもらっていますし、オペレーターや職人の方々のスキルの凄さを実感しています。
KPSプロダクツ 村井さん:それから主人公・真白悠さんの「仕事は誇らしい」というセリフは印象的でしたね。印刷会社を舞台にした小説『本のエンドロール』(安藤祐介著・講談社)の取材協力を行った時にも感じたことですが、印刷会社はお客様と一緒にコンテンツをつくっているんだ、という気持ちを持っています。
出版社のような派手さはないかもしれませんが、漫画家が作品をクリエイトし、編集者が編集を行い、印刷会社が紙に印刷して本をつくる。印刷会社はみんな誇りを持って仕事をしているんだよなと『刷ったもんだ!』を読んで改めて感じました。
リアルすぎる「印刷会社あるある」実際のトラブルを元にしたエピソードも
――『刷ったもんだ!』では様々な仕事のトラブルがエピソードとして出てきますが、「あるある!」と思ったポイントは?
緑陽社 鈴木さん:緑陽社で提供したエピソードですが、年末のコミケ会場に同人誌を搬入する途中、納品物を積んだ車が雪で立ち往生したことはありますね(『刷ったもんだ!』4巻第34刷「届けるまでがお仕事です」)。
染谷先生:『刷ったもんだ!』の6~8巻では全日本職人技能チャンピオンシップという技術者の大会をテーマとして取り上げています(『刷ったもんだ!』8巻第63刷「激闘! 印刷マン」)。大会中に「空調トラブルで湿度が足りず、印刷の紙が詰まる」というエピソードがあるのですが、ここも緑陽社さんから聞いた話を盛り込みました。
緑陽社 鈴木さん:印刷機が動くよう、乾燥しすぎた部屋の床に水を撒いたこともありました。何にもしないよりかはマシかなと。印刷の仕事は納期が決まっていて「間に合いませんでした」が通じない仕事。「どうしよう」じゃなくて、「わかったけど、だからどうする」の繰り返しですね。
安達写真印刷 橋本さん:私は卒業アルバムの表紙をつくるにあたり、文字が無いなら筆で書いてしまおう、というエピソードにあるある~! と共感しました!(『刷ったもんだ!』3巻第32刷「デジタルとアナログ」)。
染谷先生:作中のこの文字、コミックスの装丁を手がけるデザイン事務所・ナルティスさんに、書道の有段者の方がいらっしゃったので、実際に書いてもらいました。
安達写真印刷 橋本さん:人の名前は指定のフォントがない場合も沢山あります。別の文字同士を組み合わせたり、文字のパスを伸ばしたり縮めたりして作ることも。アルバム専門の印刷会社らしく、弊社のパソコンにはそうして作った文字が何千種類もストックされていますね。
KPSプロダクツ 村井さん:印刷会社に入社したばかりの主人公・悠が、「印刷物の見方が変わる」シーン、これすごくわかります。変わった紙を使ってる~とか、印刷業界の方はみんな思っていそう。
緑陽社 鈴木さん:本屋に行くとバキバキッと本を壊して中身を見たくなりますね(笑)。これ、どうなってるのかな~と。
KPSプロダクツ 村井さん:ありますあります(笑)。また印刷は機械で行う工程も多いものの、職人の感覚が必要なところもあります。虹原印刷のOB・梅重さんのように、複数のインキを練って指定の色を作り上げたり(『刷ったもんだ!』5巻第48刷「練りに練って」)。私も特殊な色の名刺をお請けしているのですが、職人さんが配合してくれたインクが切れたらどうしようかなあ……と思っています。
染谷先生:この梅重さんは凄腕のお爺さんですね。印刷機のトラブルに梅重さんが技術と知識で対処するエピソードや、繁忙期に印刷機が壊れ、生産管理の東雲さんが他社と交渉するシーンなど、凄腕の人が解決するエピソードは取材をもとにしています。話を描く時に私も助けてもらいました。
緑陽社 鈴木さん:社内外の調整を行う部署を立ち上げた経験もあるので、東雲さんはオレだ~と思いますね。現場でトラブルが起きた時や、お客様の無茶ぶりに全力で応えるタイプの仕事などは、特にアツくなりますね。わからないことがあれば大急ぎで勉強したり、同僚たちとあれこれ一緒に悩んでなんとか対応しています。
印刷会社、実際に働いてギャップに感じたことは?
――『刷ったもんだ!』では、主人公・真白悠が印刷業界の仕事に対して驚くシーンも多く描かれています。入社してみて気付いたり、ギャップに感じたことはありますか?
緑陽社 鈴木さん:働いてみると、色々な要素がひとつに詰まった仕事だなと思いますね。たとえば、印刷で使うインキや紙、印刷機は、熱・圧力・湿度など物理や化学の世界です。僕は高校までは理系、大学は芸術を学んでいたので、学生時代の勉強が役に立ちました。一方で営業やコミュニケーションといった文系のスキルが活きることもあります。
またクリエイティブな仕事もあれば、作ったグッズを黙々とセットする仕事(アッセンブリ)もあったり。なんでもあるのが印刷会社で働くことの面白さですね。難しいことを考える仕事も増えてますが、たまには単純な仕事をやらないとクリエイティブなアイデアも出てこない。アッセンブリの袋詰め作業、癒されるんですよね。
染谷先生:アッセンブリ作業、頭が休まります。
緑陽社 鈴木さん:それから印刷物は、印刷会社任せではなくお客様側にも必ず仕事が発生するもの。同人誌の場合は特に完成のイメージが具体化していなかったり、具体化していても断片的だったりするため、お客様と一緒に完成形をビルドアップしていきます。こちらはそれが仕事なのですが、いざ完成した時は自分の気持ちもアガりますし、「ありがとう」と感謝の言葉までいただくこともあって。やりがいを感じますね。
安達写真印刷 橋本さん:入社して働くなかで、好きなものに対するクオリティや考え方は、時にプロを超えると感じています。自分の仕事の枠を超えて夢中になれたり、ものすごいものが仕上がってきたり、まさに「好きこそものの上手なれ」ですね。
KPSプロダクツ 村井さん:印刷会社の営業をしていて、「人を騙して売ることをしなくて良い」ことに気づきましたね。お客様のニーズを聞いて、ちゃんと納品すれば関係が続いていく仕事です。印刷するものが毎回違っていても、同じお客様と長く付き合うことが多い。誠実にすることが次の仕事に繋がっていく業界だと感じています。
――マイナビニュース読者の中には、就活生や若手社会人も多くいます。印刷業界を目指す方に向けて、一言お願いします。
緑陽社 鈴木さん:今の時代、ペーパーレス・電子化・紙離れなどネガティブなイメージもあります。でもやってみれば面白いし、やろうと思えばなんでもできる仕事です。新事業部の立ち上げも結構ありますし、最近だと数年前からアクリルキーホルダーなどアクリルを使ったグッズを手掛けたり、ライツ系のビジネスも取り組んでいます。やればできる、という面白さがありますね。
安達写真印刷 橋本さん:本やポスターなど、印刷物は一番見やすいものだと考えています。そして一番見やすいことは、一番心に響きやすいということ。独特な製本形式でつくられた卒業アルバムなど印刷物ならではの良さもありますし、若い方にもその良さを知ってほしいですね。また卒業アルバムは年数を重ねるごとに価値が増していく物なので、作るこちら側もひとつひとつを大切に手掛けています。
KPSプロダクツ 村井さん:印刷業界って、なんでもありなんです。普及させるもの=印刷物だと自分は思っています。それが紙かどうかは変わっていくかもしれませんが、何かを普及するなら印刷の仕事です。また現在、印刷会社ではライツ関連の仕事も増えています。コンテンツをつくって、そのコンテンツを使ったグッズを大量生産することもあるので。インターネットやスマホと印刷は、敵対ではなく共存するものなので、これからも印刷物はなくならないはずです。
染谷先生:みなさんと被るところもありますが、私自身、「色々なことが出来たらいいな」と漠然と印刷会社に入りました。実際に入ってみたらとにかく色々な仕事があって大変ではあるけれど、本当に飽きない仕事ですね。アッセンブリの仕事も無になるので嫌いじゃないです。心が穏やかになるので(笑)。
漫画や小説や同人誌、チラシやポスター、そして卒業アルバムなど、身近な印刷物。漫画『刷ったもんだ!』や印刷会社で働く方々のインタビューを伺うなかで、職人の技術や新たなことに取り組むチャレンジ精神など、アツい想いを持って印刷して私たちの手元に届けられていることが伝わります。
『刷ったもんだ!』で描かれる虹原印刷の社員たちも、次々起こるトラブルやお客様の無茶ぶりを乗り越えながら真摯に働く方ばかり。その姿は印刷業界に関わっている方はもちろんのこと、日々を頑張る社会人の方なら業界を問わず「あるある!」と思わず共感したくなるはずです。主人公と癖の強い同僚たちが繰り広げるお仕事コメディー『刷ったもんだ!』、読めば仕事に対するやる気がもらえるかもしれません。
モーニングKC『刷ったもんだ!』最新10巻は大好評発売中!
「西中の白虎」と恐れられていた元ヤンの真白悠は、デザインの仕事につきたいという夢を追いかけ、その結果、東京近郊にある中小印刷会社に就職した。もちろん、昔の悪名はひた隠しにして…。大好きな漫画に触れられる仕事ができ、心も躍るが、クセの強い先輩たちに印刷会社あるあるの洗礼を受けたり、ヤンキー気質のボロが出たりと、前途は多難!?
何事にも一途な真白が、印刷会社の荒波にもまれながら奮闘するお仕事コメディー開幕!
現在『モーニング・ツー』で連載しており、8月23日発売の最新10巻は好評発売中。
(c)染谷みのる/講談社