連載『老後サバイバル』では、フィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏が、同社が勤労者3万人を対象に実施したアンケート結果などをもとに、退職後にいかに備えるかについて考察します。


期間、金額、収益率の組み合わせ

第5回目のコラムでは60歳で2800万円を用意して、75歳までの「使いながら運用する時代」、75歳から95歳までの「使う時代」を想定すると、使えるお金は4000万円を超えることを説明しました。ここでは、60歳までに2800万円を用意する方策を考えていきます。

一般的に、資産形成でゴールを達成するためには、投資期間、投資金額、投資収益率を考える必要があります。投資期間は、現在の自分の年齢と60歳を定年として考えることで計算できます。30歳ならば30年、40歳ならば20年ということです。

ゴールの金額も決まっていますから、あとは投資金額を増やせば投資収益率は低めでも可能ですし、投資金額が少なければ投資収益率を高めに設定する必要が出てきます。そこで、ちょっと計算をしてみましょう。

貯蓄では間に合わない

日本人は貯蓄好きと言われます。老後のためにコツコツと節約して毎月少しずつでも貯蓄をするという人も多いと思いますが、これではなかなか2800万円を達成するのは難しいと思います。例えば金利0.01%の銀行普通預金では、月4万円ずつ積み立てていっても2800万円になるのは57年3カ月かかります。30歳からスタートすると87歳までかかることになりますから、とても自分の老後資金にはなりません。60歳までに間に合わせよとすると毎月7.7万円を普通預金に入れていくことになります。これでは30代の方にはとても日々の生活がやりくりできません。

FXでは持続できない

ところで、フィデリティ退職・投資教育研究所が行った勤労者3万人アンケートで、投資を行っている20代、30代の男性はその年代の約3割にも達していました。意外に投資をしている若い人が多いのですが、その多くは小遣い稼ぎやひと儲けを目的に、外国為替証拠金取引いわゆるFXを好んで行っているようです。FXが悪いわけではありませんが、この方法で短期的に儲けることができたとしても、これで勝ち続けるのは至難の業でしょう。

ちなみに、毎年2倍になる投資商品があれば、資産0円からの月1万円の積み立てでも5年7カ月で資産は2800万円になります。これなら50代になってからでも間に合う計算ですが、当然リスクの高い投資を余儀なくされることになります。しかも常に相場とのにらみ合いが必要になりますから仕事をしながら続けるということはとても難しいでしょう。持続できる資産形成でなければ老後の資産形成にはとても向いているとは思えません。

年率3%で持続力のある資産形成を

そこで考えて欲しいのが、持続できる資産形成です。例えば、毎月4万円を積み立てて年率3%で運用できるとすれば、2800万円を作り上げるのに33年8か月かかることになります。これだと30歳スタートで64歳くらいまでに目標を達成できます。

そこで、収益率を3%のままにしておいて、毎月の積立額を30代で4万円、40代で5万円、50代で6万円と少しずつステップアップさせる方法をとると、60歳でちょうど2800万円に到達します。年代ごとに投資額を1万円ずつステップアップさせるので、これを「ステップアップ投資」と呼んでいます。

ステップアップ投資の考え方

(出所)フィデリティ退職・投資教育研究所

これを40歳から始めようとするなら手元に500万円ほどの資産があれば、そのまま40代で月5万円、50代で月6万円の積立投資を続ければ可能です。ちなみに、勤労者3万人アンケートでは、退職後の生活のために準備できている資産額は40代の平均で625万円でしたので、平均値としては40代からでも「ステップアップ投資」を何とかスタートできる水準です。

収入-投資=消費の考え方で

毎月の生活費から4万円の積立投資を実行するのはなかなか大変なことです。特に30代では収入がまだまだ少ないこと、40代では収入は増えてくるものの子供の教育費などで支出が増えることなどを考えると、その工面が重要になります。

よく資産運用にはまとまった資金が必要だと思っている人がいます。勤労者3万人アンケートで投資をしていない23626人にその理由を聞いてみたところ、36.8%が指摘する最も多い回答が「投資するだけのまとまった資金がないから」というものでした。

多くの方がコツコツと節約をしてまとまった資金になったら投資をしようと思っているということです。でもこれはなかなかできることではありません。例えば月に1万円ずつ節約して100万円貯めるのに8年4カ月かかります。しかし、長きにわたって苦労して貯めてきた100万円をリスクのある投資に回せるかといえばかなり難しいでしょう。

ここは「100万円貯めて投資をする」のではなく「100万円を貯めるために投資をする」という考えに立つ必要があります。そのために「収入―消費=貯蓄」という節約型ではなく、「収入―投資=消費」という積立投資型の考え方に立って資産形成することを考えてはどうでしょうか。簡単に言えば、給与天引で投資を継続する方法です。

もちろん、毎月の資産形成が難しければ、ボーナスを併用することも可能です。30代は年間48万円を投資に回すことになりますから、大雑把に見積もれば月々の積立を2万円に減らせばボーナス2回で24万円を投資に回すことで対応できます。

執筆者プロフィール : 野尻 哲史

一橋大学卒業後、内外の証券会社調査部を経て、2006年からフィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長。大規模なアンケート調査をもとに投資家への提言をするなど、投資教育に従事。「退職金は何もしないと消えていく」(2008年) 、「老後難民 50代夫婦の生き残り策」(2010年)、「40代のサイフ」(宝島社、2012年)、「50歳から始めるお金の話し」(2013年2月、小学館文庫)など著書も多数。現在、日本アナリスト協会検定会員、日本FP協会、日本証券経済学会、行動経済学会などの会員。