連載『老後サバイバル』では、フィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏が、同社が勤労者3万人を対象に実施したアンケート結果などをもとに、退職後にいかに備えるかについて考察します。


知らないのに安心できないとみる公的年金

勤労者3万人へのアンケートでは20代の76.3%が「安心できない」と答えるのが日本の公的年金です。しかし、その一方で公的年金制度を「よく理解している」と答える30代はわずか7.8%。「だいたい理解している」と答えた方を足しても40.6%にとどまります。知らないのに安心できないと思っているというのが公的年金なのです。

日本の年金制度は3階建てと言われています。1階部分は、国民が一律に加入する国民年金で、2階部分は職域別に作られており、自営業者、会社員・公務員、その被扶養配偶者の大きな括りで分けられています。多くの自営業者は国民年金のほかに国民年金基金や個人型確定拠出年金など加入できる年金制度があるのですが、ほとんど使われていません。会社員は一般的には厚生年金に加入していますし、公務員は共済年金に加入しています(この2つは2015年10月から厚生年金に統一されます)。ここまでが公的年金で、その上に3階部分と呼ばれる、厚生年金基金や確定給付年金、確定拠出年金などの私的年金があります。それぞれ企業ごとにどの種類をどんな形で従業員に用意しているのかが違っていますので、勤務先、働き方によって加入する年金のシステムはかなりばらつきがあります。

働き方の多様化は年金受給額に大きく影響

ところで、最近は働き方が多様化しています。厳しい経済環境が長く続いてきたなかで雇用の流動化が進み、その結果、フィデリティ退職・投資教育研究所が2014年4月に実施した勤労者3万人アンケートでも、20代の男性で非正規雇用の比率は27.2%、女性では43.4%に達しています。もちろん働き方の多様化は望まれることではありますが、その一方で年金という視点からみると、職域別に年金制度が形作られているだけに受け取れる年金に大きな差となって現れることになります。

正社員を中心とした終身雇用を前提にしている現在の公的年金制度では働き方の多様化や雇用の流動化には対応できていません。現在の公的年金の受給金額の水準を夫婦の働き方の違いでみたのが表1ですが、かなり大きな開きが出ていることがわかります。最も低い金額は夫がアルバイトで妻が自営業の場合で年額132.7万円。奥さんが実家の家業を受け継ぎながらご主人はコンビニエンスストアで働くといったところでしょうか。その一方で夫婦ともに正社員の場合には360.5万円の年額ですから、3倍近い開きがあるということになります。

表1 夫の現役時代の経歴類型別・妻の現役時代の経歴類型別世帯の平均公的年金年金額(夫婦世帯、65歳以上、単位:万円)

高齢化率4割の時代

公的年金が頼りにならないと考えている人の多くは、世代間扶養を前提にしていることで少子高齢化によって、自分たちが受け取るときにはほとんど受け取れないと心配しています。現役世代の収入から保険料を受け、その原資をもとに高齢者の年金を給付する仕組みは、現役世代が減少し、高齢者が増える環境では、原則として現役世代の負担を増やし、高齢者の給付を減らすことは避けて通れません。

しかし、だからと言って年金はいらないというわけにはいきません。最低限の生活費をカバーするものとしてしっかりと保険料を支払い、そのうえで自助努力分を如何に創り上げていくかを考える必要があります。

老後難民時代の到来!?

実は人口構造の大きな変化はもう一つ別の懸念を呼んでいます。65歳以上人口は2020年あたりに向けて増加の一途をたどりますが、その後は高原状態になります。高齢者の数が増えるわけではないのですが、現役時代の人口が大幅に減ることで高齢者比率が上昇し続けるのです。高齢者数の増加は止まるとはいえ高原状態が続くことから「高齢者向けサービス」は非常に高い需要が見込まれます。ちなみに、国立社会保障・人口問題研究所の将来人口予測によると、65歳以上人口は2010年の2948万人から2020年には3612万人に700万人ほど増加し、その後は3400-3800万人程度で2060年まで推移するとみています。

表2 日本の将来人口予測

その一方で「高齢者向けサービス」の担い手、特に「高齢者向けサービス」は人的サービスのウエイトが高いことから、その担い手が大幅に減ることが懸念されます。こちらは20-64歳の人口で7564万人から減り続け、2060年には4105万人へと3000万人以上減ることになります。

需要が高止まりで、供給が減るという事態は早晩、「高齢者向けサービス」の値段を上げることになります。いま想定しているよりも多くの費用が掛かるとすれば、退職後の生活費にあまり楽観をしているわけにはいきません。とすれば、ぼんやりと年齢を重ねて、気が付いたら十分な資産がないことでその時代に受けることが普通になっているサービスを受けられなくなっているかもしれません。私はこれを「老後難民」という厳しい言葉を使って警鐘を鳴らしてきました。この面でも自助努力をさらに積み増しておく必要性があるわけです。

執筆者プロフィール : 野尻 哲史

一橋大学卒業後、内外の証券会社調査部を経て、2006年からフィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長。大規模なアンケート調査をもとに投資家への提言をするなど、投資教育に従事。「退職金は何もしないと消えていく」(2008年) 、「老後難民 50代夫婦の生き残り策」(2010年)、「40代のサイフ」(宝島社、2012年)、「50歳から始めるお金の話し」(2013年2月、小学館文庫)など著書も多数。現在、日本アナリスト協会検定会員、日本FP協会、日本証券経済学会、行動経済学会などの会員。