バブル経済が生み出した軽スポーツの「ABC」といえば、マツダAZ-1、ホンダビート(Beat)、スズキカプチーノ(Cappuccino)。中でも大きな話題を振りまいたのがホンダ・ビートだ。先行して発売されたホンダNSXと共通したイメージを持つことがこれ以上ない宣伝効果を発揮し、発表時には(NSXを買えない)ホンダファンがこぞって予約した。
「アクティベースでオープン2シーターを作れるのでは?」
筆者の知り合いの自動車評論家は、ビートを見るなり、「なるほど、アクティか」とつぶやいた。アクティといえば農業や商用に使うトラックやバンのモデルだが、エンジンを車体中央に配置し、後輪を駆動するミッドシップレイアウトになっている(ついでにいえば、トラックはミッドシップ2シーターだ)。その基本コンポーネントを流用してビートを仕立てたという推測は真っ当なものといえる。
筆者も「なるほど」と大きくうなずいた。トヨタの名車MR-2だってカローラの派生モデルだし、ニッチな軽スポーツカーのためにシャシーを新規に作るなんて、いくらホンダでもやるいはずがない、と思ったのだ、それにホンダには、日本初のDOHCエンジン搭載4輪車として、T360という軽トラックを発売した歴史がある。それを思えば、アクティベースの軽スポーツというのはホンダらしくてかっこいい。
しかし、前述の自動車評論家がプレス発表会でこの推測を広報担当者に聞いてみたところ、「違いますよ!」と大いに憤慨されたという。ビートはそのボディを専用設計するというぜいたくな開発がなされていたのだ。それをアクティベースなどと言われれば、笑顔を絶やしてはいけない広報担当者が憤慨したのも無理からぬことだろう。
ところが。数年前に発売された『エンスーCARガイドSP ホンダ ビート ブック ゴールド』(発行 : エンスーCARガイド 発売 : 三樹書房)によると、ビートのアイディアそのものは、「アクティベースでオープン2シーターを作れるのでは?」というところからスタートしているというのだ。やはり評論家の推測は当たっていたのか? いまとなっては知る由もないが、自動車開発の裏話はなんともおもしろい。
ビートの走りは「快感そのもの」だったが…
ビートのメカニズムを改めてチェックしてみると、そのボディは世界初のミッドシップフルオープンモノコック。軽自動車初の4輪ディスクブレーキを採用するなど、改めて驚きを覚えずに入られないほど本格的な構成となっている。まさにバブル期ならではのクルマづくりといえるだろう。
エンジンはあえてNAで勝負しており、ホンダの意地を感じさせる。自主規制枠いっぱいの64PSを、過給器の力を借りずに達成したのはさすがだ。同じくNAで登録車の自主規制枠いっぱいの280PSを発揮したNSXと、こんなところでも共通性を感じさせる。NAを採用し、ビートはカプチーノやAZ-1と、NSXはスカイラインGT-Rやスープラといったターボ勢と渡り合った。このNAへのこだわりは、まさにホンダの面目躍如といったところだろう。
発売後かなり経ってからだが、筆者もビートに乗る機会があった。NAでハイパワーを絞り出すため、下のトルクはさすがに薄いが、回せば回すだけ2次曲線的に高まっていくパワーフィールは快感そのもの。しかも絶対的なパワーは低いので、一般公道でも全開で限界を引き出した走りができる。コンパクトなボディも同様で、振り回すような乗り方が可能だ。バイクのような乗り味だろうと想像していたが、バイクの中でも小排気量車の感覚に近い。
ビートの人気は十分に高かったが、それでも他の軽スポーツカーと同様、あっさり生産終了となった。販売開始が1991年で、終了が1996年。その人気と完成度の高さ、開発時に投じたであろう巨額の費用から考えれば、あまりに短かったと言わざるをえない。
とはいえ、後に登場したダイハツコペンも同じような運命だったことを考えると、やはり軽スポーツ、軽オープンというのはどうしても成立しにくいジャンルなのかもしれない。作る側の都合で言えば、海外でほとんど売れない軽自動車は、日本だけである程度の数をさばけなければ採算ベースに乗せられない。絶対的なマーケットが小さいスポーツカーでは、そのハードルを超えられないということだろう。
かつて筆者の自宅の近所、いつも通る道路に面した建売住宅の玄関先に、黄色いビートがいつも停められていた。リアウインドウは白くくすみ、ボディも心なしかくたびれて見える。それでもその存在感はなかなかのもので、非常に目立つ。蛇足だが、その数百メートル先の別の住宅ではいつもS2000が停まっていた。この2台がつねに気になっていて、そこを通るとき、「今日もあるかな」とチェックするのが癖になっていた。
ある日、いつものようにその場所を通ると、ビートがライフに変わっていた。その後もずっとライフのままなので、おそらく買い換えたのだろう。そう思っていると今度は、別の住宅のS2000もフリードに変わっていた。なんとも寂しいが、これが日本の現状ということか。2台とも、買い換えたクルマもホンダ車であることが、余計にせつなく感じさせる。「本当は買い換えたくない、手放したくない。でも、どうしてもそうせざるをえないなら、せめてホンダ車に乗り続けたい」、そんな声が聞こえてくる。
もちろんこれは筆者の"幻聴"にすぎないのだが……。