「宇宙の仕事」と聞くと、一部の専門家たちだけを対象とした”特別な仕事”と思ってしまいがちですが、実態はその真逆。特別な経験や知識がなくとも携われる仕事がたくさんある業界なのです。
そんな宇宙産業のさまざまな仕事を紹介する『宇宙の仕事辞典』の第2回。宇宙ビッグデータの利活用事業における企画の仕事について、天地人の相原 悠平さんにお話を伺いました。
【イントロダクション】天地人のビジネスとは?
内閣府主催の宇宙ビジネスコンテスト『S-Booster 2018』において、審査員特別賞などのトリプル受賞を果たした「宇宙から見つけるポテンシャル名産地」というビジネスアイデア。それは、人工衛星の観測データを活用することで、キウイフルーツなどの高い収益性を持つ農作物の栽培適地を見つけ出し、その分野の専門企業の知見を活用した栽培支援まで行うという、まさに天(宇宙)、地(地上)、人(有識者)が一体となったアイデアでした。
その提案を行ったチームが発展するかたちで設立されたのが天地人。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の知的財産や知見を利用して事業を行う『JAXA STARTUP』の認定も受けている宇宙ベンチャー企業です。「宇宙からの情報を使い、人類の文明活動を最適化する」ことをミッションとし、地球観測データ(宇宙ビッグデータ)を活用した土地評価エンジン『天地人コンパス』を主軸としたビジネスを展開しています。
2021年には、国連開発計画(UNDP)が主導する『Japan SDGs Innovation Challenge』のSDGsチャレンジ企業にも選出されており、アフリカの途上国が持つ農業・防災の課題に対し、衛星データを活用したサービスの開発に取り組むなど、活躍フィールドを大きく広げています。ただ、これはほんの一例に過ぎません。同社は今、農業をはじめ、不動産・エネルギー・流通・金融・防災などさまざまな業界のプレイヤーと協業を進め、地球規模の課題解決に取り組んでいます。
どんな仕事なのか教えてください
端的に言えば、人工衛星が収集した膨大な地球観測データを解析する土地評価エンジン『天地人コンパス』を使って、さまざまな産業の民間企業や官公庁・自治体の課題解決に向けた意思決定をナビゲートしていく仕事です。当社には、農業・不動産・環境・防災・エネルギーなどの各産業に精通した人材と、衛星画像解析・ビッグデータ解析・機械学習・衛星ハードウェア開発などの技術に精通した人材という、二通りのエキスパートたちが在籍しています。産業への理解と先端技術への知見の二つを両輪として、宇宙ビッグデータを利活用する新しいサービスの開発や、高時間分解能による地表面温度のデータ開発といった独自のシステム開発を推進しているというわけです。
その中で、私が担当しているのはクライアント起点の事業開発。クライアントと当社エンジニアの間に立つ「ブリッジ役」と言ってもいいかもしれません。具体的には、課題のヒアリングからソリューションの立案、技術要件のフィッティング、エンジニアのアサイン、タスクの振り分けと進捗確認、各エンジニアの成果物のチェック、サービスの提供まで一貫して携わるほか、ときには営業に同行してプリセールス的な活動も行います。一般的には、ソリューションエンジニアやプロジェクトリーダーと言われるポジションにあたるかもしれません。
私のバックグラウンドには、大学で専攻した地質学や地球統計学、石油会社でのジオロジスト(地質技術者)経験、電力会社での事業開発経験などがありますので、そうした知見をベースに、クライアントニーズの発掘やプロジェクトの推進に携わっています。
この仕事のやりがい・面白さは
当社のビジネスは、農業への利活用が出発点。たとえば、キウイフルーツやマンゴーなど、海外のブランド果実を日本で栽培しようと考えた場合、その産地と似た気候や地形などを宇宙ビッグデータの解析から割り出し、最も栽培に適した場所を特定するというものです。
現在は、そうした農業への利活用推進をひとつの柱としつつも、不動産やエネルギー、社会インフラ、防災などの分野にも広がりを見せており、ビジネスの成長ポテンシャルは非常に大きいと感じています。そうした幅広いフィールドで、宇宙視点による新しいサービスを生みだせること、それが大きなやりがいにつながっていることは言うまでもありません。
私が現在取り組んでいるプロジェクトに、地方自治体と一緒に進めている『水道管路の漏水リスク評価手法及び漏水調査支援ツール』の開発があります。これは、さまざまな衛星データと漏水修繕箇所などの地上データを組み合わせることで、漏水調査の優先順位の判定ができるシステムです。水道管の漏水は、社会生活に大きな影響を及ぼすものであり、まさに当社の掲げる「人類の文明活動を最適化する」というミッションにつながる仕事だと感じています。
この仕事の難しさ・大変な部分は
ひと口に宇宙ビッグデータと言っても、その種類は多種多様です。光学画像データや気象情報、地形情報、赤外線によって観測される地表面温度、さらには二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの濃度など、さまざまなデータを収集できます。地上の計測データについても同様です。クライアントの持つ課題やニーズを正しく理解したうえで、いかにこれらのデータを組み合わせ、解決に向けた最適解を導き出していくか。常にゼロベースで手探りしなければならないという部分は大変なところかもしれません。
私が以前勤めていた石油産業は、先人たちが培ってきた無数の知見がある上に、ビジネスのかたちも「掘って売る」というシンプルなものでした。ところが、歴史の浅い宇宙産業ではそうは行きません。提供するサービスに前例があるわけではなく、また、新たなデータを解析できたからといって、それをそのまま売れるわけでもない。そのため、試行錯誤を繰り返しながら、新たな価値やサービスを創り出していく必要があるのです。
でも、難しさはやりがいの裏返しでもあります。少しずつですが自分たちの手で新たな“公式”を創り上げている実感があります。たとえば、農業分野における栽培適地を探すためのノウハウが、太陽光発電や風力発電の適地を探すモデルの開発に役立ったこともあります。自分の仕事が未来につながる実感を得られやすいのは、宇宙業界ならでは思います。
この仕事で求められる資質や、活かせる経験・スキル
私がインフラ分野の案件を担当する上で、地球統計学や地質モデリングなどの専門的な知識・経験は大いに役立っています。ですが、それがなければできない仕事かというと、決してそんなことはありません。
実際、私以外のメンバーのバックグラウンドは、都市計画など街づくりに取り組んでいた人や測量会社で活躍していた人、コンサルティングファーム出身者など実にさまざまです。また当社では、学生のインターンも活躍しています。それも理系だけでなく、国際協力など文系の学生も在籍。気候変動やSDGsといったテーマへの問題意識が当たり前になっている世代なので、我々にはないアイデアを発信してくれるのです。
ただ、全員に共通しているのは、文明の最適化、すなわち地球をもっとよくしたいという想いを持っていることです。宇宙産業は、あくまでそのためのツールのひとつ。そうした視点で見ると、一見宇宙とは全く関係なさそうな経験・スキルでも活かせる可能性があると思っています。
【これから宇宙ビジネスにジョインする方へ】
●私が宇宙を仕事にした理由
以前勤めていた石油会社と電力会社はいずれも大手で、かつ成熟した産業分野でした。このため、何か新しいことに挑戦したいと思っても、すぐには実現できないもどかしさがありました。そのため、もっとのびのびと仕事に取り組める転職先を探していたところ、目に止まったのが天地人です。「文明を最適化する」というミッションに共感したことはもちろん、「天」と「地」と「人」の組み合わせで、ソリューションを提供していくアプローチの仕方にも魅力を感じました。
●読者へのメッセージ
宇宙の仕事というと、衛星の打ち上げや宇宙飛行士といった目立つ仕事をイメージする人が多いでしょう。しかし、そうした仕事だけで宇宙産業が成り立っているわけではありません。今後、宇宙をもっと身近で人々にとって必要不可欠な存在にしていくためには、価値観の多様性と、日々の生活の中での気付きや問題意識が大切になってくるはずです。そこから新しいサービスが生まれてくるはずですし、これから宇宙の仕事をめざす皆さんにも、この視点を大切にしてほしいと思っています。