大企業とベンチャーの違い
大企業である三菱電機からベンチャーのSynspectiveに移った小畑氏が考える大企業とベンチャーの違いは、スピード感と自由度だという。
「まず意思決定のスピードが全然違いますし、自由度も大きく違う。ただ、自分の意思を持って動かないとまったく動けないのがベンチャー。特に組織が出来上がるまでは、ほとんどすべてが自分の意思次第で、誰かが何かをやってくれることはありません。」
そのため、組織やプロセス、仕組みができあがるまでは、「正解を知っているところ」「答えがわかっているところ」を特に意識した動き方をする必要があったという。
「“自分は知らないことがあることを知っている”というのが私のポリシーで、自分がどこまでを知っていて、どこからは知らないということを明確にしておきたいと常に思っています。知ったかぶりでモノを作ると必ず失敗する。特に衛星は、さまざまな技術要素が複雑に入り込んでいます。電気だったり、ソフトウェアだったり、熱だったり、機械だったり、放射線だったり。いろいろな技術の融合体なので、自分がどこまでわかっているかを明確にしたうえで、知らない分野は専門家を連れてきて、わかっている人だけでチームを組んで、設計するということを意識していました。わかっていないことで失敗するのは当たり前なんですよ。だから、自分のリミットを知っておくことが重要ですし、そこを助けてもらえるようにすることが大事なんです。」
一方、大企業のメリットは組織力と技術力とのこと。ベンチャーと比べると、その層の厚さは段違いであるという。
「何か不具合が起こった際も、大企業だと何かしらを経験したことがある人がいるので、意見を聞くこともできますが、ベンチャーだと自分で一から検討し直さなければならなかったりします。もちろんベンチャーのほうが、ひとつひとつの意思決定は本当に速い。大企業はいちいち稟議があったりするので、新しいことや不明瞭なことに挑戦するのは大変なのですが、すでに知見のあることはすごく速く動けますし、それを拡大再生産できる仕組みもあります。新入社員が入ってきたら、3年かけて育てる仕組みがあったりするのも、大企業ならではの強みでしょうね。」
人材の豊富さという点では大企業に及ばないが、逆にそれを経験で覆すことができるのがベンチャーの強みであるともいえる。
「私が三菱電機に入社した当時は、10年かけてようやく衛星がひとつ打ち上がるという世界でした。つまり、人生の中で3つの衛星の打ち上げに関わったらそれで終わりなんです。それに対して、ベンチャーであれば、より多くの衛星打ち上げに関わることができます。多くの衛星に関われば、それだけ経験値を積むことができますし、それだけ不具合にあう確率も高くなります。それに正しく対処していけば、さらに経験値も積み上がりますから、大企業だと10年以上かけないと経験できないことが、ベンチャーなら3年で経験できてしまうかもしれない。」
その一方で、経験を積むことと技術レベルが上がることはイコールではないと小畑氏は続ける。
「速く学ぶことももちろん大事ですが、高い技術レベルの人がいないと全体の底上げができません。知らないことを知っているという話をしましたが、自分の知らないことについて、ちゃんと知識のある人から指摘を受けないと、自分たちがすべてを知っているという感覚で物事が進んで、新たな学びを求めなくなりがちです。そしてビジネスとして成功し始めると、それが成功体験になってしまい、勘違いしたまま進んでしまう可能性がある。それが狭いところでやっている怖さです。もちろん、我々は月に1機打ち上げるわけでも、火星探査を行うわけでもないので、そこまでハイレベルである必要はないのですが、少なくともビジネスにおいて必要十分な知見を持っている人材は非常に重要になります。」
想定通りにいかない衛星開発
「宇宙事業は一か八かの世界」と話す小畑氏。実際、衛星開発プロセスにおいて地上でいくら試験を重ねてもそれは重力下の試験でしかなく、宇宙空間での挙動は推測するしかない。いくら周到にロジックを組んで試験を行っても、それはあくまでも1Gの世界の話であり、特に展開構造物は開かないことが珍しくないという。
「高校生のころ、レーダー衛星のアンテナが開かず、何とか衛星を揺すって、2カ月後にやっと開いたという新聞記事を読んで、人工衛星を操作する人がいるという認識を初めて持ちました。そして三菱電機に入社後、自分のルーツとしてその話をしたら、『それ俺だよ』って。新聞に載っていた衛星を揺すっていた人が目の前にいたんですよ(笑)。」
だからこそ、Synspectiveに入社後、最初に開発したSAR衛星が打ち上げから運用までトラブルなく進んだことは非常に誇らしかったと小畑氏は笑顔を見せる。
「世界でも、小型の合成開口レーダー衛星が1回目で成功して、画像を提供できて、しかもビジネスになったという例はありません。思い通りに動いたのは、今思い返しても、本当にうれしかったです。」
今後の展開として、衛星機数を増やし、コンステレーション整備に取り組む中で、「衛星をたくさん集めたときにどうなるか。その世界をちゃんと描きたい」という小畑氏。その場合、Synspectiveだけでできることもあれば、できないこともあり、国や企業とパートナーシップを組みながら、何か面白いことはできないかと模索している。
「例えば、通信衛星と組み合わせることによって、より速くデータを届けることができる。そういうところが大事になっていくはずです。今までは、大型衛星から小型衛星へのパラダイムシフトだったのですが、今後は、単発ではなく、コンステレーションすることで、みんなが思っている以上にすごいことができるかもしれない。さらに、それがビジネスになればいいなと思っています。具体的に動き始めたのはここ数カ月の話なので、2カ月後には、まったく違うことを考えているかもしれませんが(笑)。」
Synspectiveが求める人材
どれだけ衛星をたくさん作れるかという局面に入りつつも、自動車などとは異なり、衛星は年間十数機の世界なので、「年間に10万とか100万とかの数字をこなしてきた人というよりも、それを一から構築できる人が大事」と小畑氏は語る。
「自分の経験を反映しながら、状況が変わったときに、本質に立ち返り、考え直せる人。とにかくやってみるというのは、ベンチャーの場合は簡単なのですが、それをちゃんと考えるのは非常に難しい。例えば、トヨタの生産方式を持ってきて、適応できませんでしたみたいな話はたくさんあります。そんなのはお金がないと無理ですし、10人、20人じゃ難しい。その違いをすぐに理解して、自分の置かれている状況にあったやり方を考え出せる人。それは宇宙業界ではなく、別の業界の人かもしれません。逆に、あと5年とか10年経って、我々みたいな会社で6機とか12機とか作った人が、本質を掴んで、外へ出て拡大するようなことはすごく期待しています。その意味では、それをリードできる人がほしいですし、それを学ぶ人も重要です。」
そして学ぶ側の人材は「プラモデルを作れる人が最適」と表現した。
「自分はプラモデルを作る時、手順書に従ってただ組み立てるだけですが、本当にすごい人は、道具を揃えるところから始め、手順書もしっかり読み込んで、まず頭の中でシミュレーションするそうです。そういった人が人工衛星にも大事。組み始めてから、接着剤がないとか、ペイントできないでは困るので、そういうセンスが重要になります。」
さらに、生産管理や製造管理、そして品質管理ができる人が大事である一方、ビジネスとして、データ処理ができる人も切望している。
「僕らがいくら衛星を作っても、それだけではお金儲けにはなりません。画像を売って、はじめて成立するビジネスです。だから、データを加工して、提供する技術力は、売り上げのために必要なスキルなので、その技術力を高めていきたいですし、そのアイデアを持っている人は貴重です。そういった人は、広い視点で、ハードウェアの制約をソフトウェアでカバーする。デメリットをメリットに変えられるような発想を持っている人がほしいですね。」