連載コラム『人に聞けない相続の話』では、相続診断協会代表理事の小川実氏が、その豊富な実務経験をもとに、具体的な事例を挙げながら、相続の実際について考えていきます。


【ケース3】

弟 : 「兄ちゃんは大学も行って、ずいぶんお金かかったよね。俺は高校出てすぐ親父のお店手伝うようになったから、兄ちゃんとはお金のかかり方が全然違うよ」

兄 : 「何言ってんだよ。お前は、高校時代、頭悪いのに勉強もしないで遊んでばっかりいて、浪人してでも大学行けばよかったじゃないか。俺は一生懸命勉強して、なるべく親に負担がかからないように、国立大学に行ったんだぞ」

弟 : 「姉ちゃんは、結婚の時、ずいぶんお金出してもらったよね。それに昔からよく親父にブランドもの買ってもらってたし」

姉 : 「何言ってるのよ。お父さんは私が可愛いから、『何が欲しい?』って聞くから、親孝行のつもりでもらってあげてたのよ」


【診断結果】父親が亡くなり、まだ葬儀が終わっていないのに始まった遺産を巡る争い。一般社団法人相続診断協会が落語家の「桂ひな太郎」師匠と共同で作った「笑顔相続落語」の一節です。相続が揉めてしまう一番の原因は、「財産を平等に分けられない」からです。

相続財産の50%超を占める土地や建物などの不動産は、分割する事は困難ですし、共有にすると後々にいろいろな問題が発生します。

また、親が経営していた会社の株式は、兄弟姉妹3人いるから株式を3分割すれば良いかというと、そのような分割をすると社長となった長男は3分の1の議決権しかなく、残り2人が結託すると社長を解任される可能性もあり、やり辛くて仕方無い状態になります。

遺産の大部分が、現預金などの金融資産であれば、平等に分ける事も可能ですが、現実的には、"遺産はほぼ、平等に分けられません"。

また、親が亡くなった時の財産を平等に分ければ争いが起きないかというと、そうでもありません。

冒頭の兄弟姉妹の争いのように、大学に行った行かない、留学したしない、結婚費用を出したもらった、マンションの頭金を出してもらったなど、生前に親が子供に使ったお金は、平等ではありません。

亡くなった時の財産を均等に分けられたとしても、生前に親が子供たちに使ったお金を巡って、より複雑な議論が始まります。

すべての相続人が納得する"平等"という状況は極めて希少

各人の"平等"だと思う概念が同じではないので、"平等"に分けると言っても、すべての相続人が納得する"平等"という状況は極めて希少です。

民法では、被相続人から遺贈を受け、又は婚姻、養子縁組、若しくは生計の資本として贈与を受けた財産が「特別受益」といい、遺産の総額に贈与を加えたものを遺産とみなし、特別受益を受けた者については、相続分から贈与の価額を控除した残額を相続分とする法定相続分の調整規定があり、法律上の平等は規定されていますが、「結婚式の費用」は特別受益の対象にならないが、「嫁入り道具」は特別受益の対象になるなど、一般人が理解し納得出来る内容ではありません。

では、"平等"とは、どういう状況なのでしょうか?

  1. その子供が生まれてから親が死ぬまでにその子供のために使ったお金

  2. その子供が生まれてから親が死ぬまでにその子供に贈与したお金や物

  3. 親が亡くなった時に相続で受け取ったお金と物

1+2+3が、兄弟姉妹で同じ金額になれば、究極の平等です。

子供が生まれてから、家計簿をつければ可能です…。

実際の裁判でも、これに近い論点で1円まで遺産の奪い合いをしています。

なぜ子供たちが平等に財産を要求するかというと、

『民法第900条第4項 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。』

となっているからに他なりません。

民法第900条第4項が、兄弟姉妹に均等の相続権を保障しているため、同じ金額をもらわないと損と感じてしまうのです。

『兄弟姉妹の相続分は相等しい。』という民法を信じ、同じ金額をもらえると考える。

しかし、現実には平等には分けられない。

結果、争いになる。

という構図があります。

争っている兄弟姉妹の心情は、「親から受け取る財産が平等=親の愛情が平等」

この時、争っている兄弟姉妹の心情は、「親から受け取る財産が平等=親の愛情が平等」です。

「親から受け取る財産が少ない=親の愛情が少ない」という心情ですので、引くに引けない争いです。

「兄弟姉妹の遺産"争族"は、親の愛情の奪い合い」です。

親の愛情をお金で測っているわけですから、きっちり平等に分けるか、1円でも多く他の兄弟姉妹よりも多くもらいたいと争います。

実際に、どうしてここまで拘るのかと思うような争いをしている兄弟姉妹がありますが、「自分の方が親から愛されていたはず」という想いが、争いを泥沼化させています。

揉めない相続の秘訣は、『親の愛情を受け取る財産の多寡で判断させない事』

一方、遺産分割が不平等でも、揉めない兄弟姉妹もたくさんいます。

それは、親の愛情がしっかり伝わっている兄弟姉妹です。

「親の愛情」というものは、子供に使った金額や残した財産の大小ではありません。

「親の愛情」が伝わっていれば、受け取る財産の多寡で愛情を確認する必要がないので、金額に不平等があっても、役割の違いや関わり方の違いと納得し争う必要がありません。

揉めない相続の秘訣は、『親の愛情を受け取る財産の多寡で判断させない事』です。

子供たちに親の愛情が平等である事を生前にしっかり伝え、また遺言やエンディングノートに想いを残し伝える事が、大切な家族を守る秘訣です。

子供たちが納得できる真の"平等"とは、「受け取る財産が平等」ではなく、『親の愛情が平等』という状況です。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

執筆者プロフィール : 小川 実

一般社団法人相続診断協会代表理事。成城大学経済学部経営学科卒業後、河合康夫税理士事務所勤務、インベストメント・バンク勤務を経て、平成10年3月税理士登録、個人事務所開業。平成14年4月税理士法人HOP設立、平成19年4月成城大学非常勤講師。平成23年12月から現職。日本から"争族"を減らし、笑顔相続を増やす為相続診断士を通じて一般の方への問題啓発を促している。相続診断協会ホームページのURLは以下の通りとなっている。

http://souzokushindan.com/