連載コラム『人に聞けない相続の話』では、相続診断協会代表理事の小川実氏が、その豊富な実務経験をもとに、具体的な事例を挙げながら、相続の実際について考えていきます。
【ケース2】相続のセミナーを受けたAさん(50歳)は、エンディングノートに想いを残す重要性を知り、早速エンディングノートを購入し、記入し始めました。
自宅の書斎でエンディングノートを記入していると、妻(46歳)がコーヒーを持って入って来ました。
妻 : 「あなた、お仕事?」
夫 : 「実は、相続のセミナーに参加してきたんだけど、エンディングノートに想いを残すと良いって聞いたんで、早速買ってみたんだよ」
妻 : 「えっ? あなたどこか具合でも悪いの? エンディングノートって亡くなる前に書くものでしょ? どうしたの?」
と焦って聞き返してきました。
夫 : 「いや、違うんだよ…」
妻 : 「どこも悪くないのに、どうして死ぬ準備なんかするのよ?」
と今度は、泣きそうになって私に問い返してきました。
【診断結果】一般の方にとって、『遺書』『遺言書』は、いずれも「亡くなるための準備の文書」なのかも知れません。
そして、エンディングノートは、年配の方の「老いや死への準備」という印象が強いと思います。
Aさんの奥さんは、ご主人が「エンディングノート」を記入しているのを見て「死」を連想し、狼狽されたのだと思います。
辞書を引くと、『遺書』は、(1)死後のために書き残す文書や手紙、(2)自殺者が死に際して書き残した文書。
『遺言書』は、(1)死後のために書き残す文書や手紙、(2)死後の財産の処置について書き残す文書や手紙、とあります。
死後のために書き残す文書や手紙という広義の意味では、『遺書』と『遺言書』は、同じです。
一般的な理解としては、『遺書』は、「自殺者が死に際して書き残した文書」。つまり、死を間近に感じている方が記入するものです。
一方、『遺言書』は、「死後の財産の処置について書き残す文書や手紙」。例えば、「全財産を長男に相続させる」などです。
『遺書』は、「死」までの時間が間近。
『遺言書』は、「死」までの時間が、十分にある。
死までの時間軸が違うと考えていただけると分かりやすいと思います。
『遺言書』と『エンディングノート』の違いは?
そして、『遺言書』と『エンディングノート』の違いは、
『遺言書』は、「死後の財産の処置について、法的な効力を備えられるもの」、
『エンディングノート』とは、「法的な効力は有しないが、死後の財産の処置だけではなく、葬儀の方法、生きている間の延命治療や介護の方法、その他家族への想いやお世話になった方への感謝など多岐にわたって自由に記入することができるもの」です。
『遺言書』と『エンディングノート』は、「まだすぐには、死なない人が書くもの」とも言えます。
『遺言書』は、15歳以上で意思能力があればだれでも作成する事が出来ます。
『遺言書』の種類は?
『遺言書』の種類は大きく、普通方式と特別方式があります。
普通方式
(1)自筆証書遺言
(2)公正証書遺言
(3)秘密証書遺言
特別方式
(4)危急時遺言
(5)難船危急時遺言
(6)隔絶地遺言
(7)船舶隔絶地遺言
特別方式の(4)危急時遺言は、やしきたかじんさんが、亡くなる4日前に弁護士3人の立ち合い下で作成し話題になりましたが、特別方式の遺言は死期が差し迫っている場合などのやむを得ない状況で行う事が認められている特別な遺言の方式であるため、遺言者が普通の方式で遺言を行う事ができるようになってから6カ月間生存した場合には、遺言の効力はなくなります。
一般的には、普通方式の(1)自筆証書遺言、または(2)公正証書遺言、を作成
従って、一般的には、普通方式の(1)自筆証書遺言、または、(2)公正証書遺言、を作成します。
- (1)自筆証書遺言
本人が、全文、日付、氏名を自筆で書き、印を押します。
家庭裁判所での検認の手続きが必要。
一番手軽に作成できますが、紛失や変造の可能性があり、また、本人が書いたかどうかで争いになる事もあります。
- (2)公正証書遺言
本人が口述し、公証人が作成します。
原本が公証役場で保存されるので、紛失や変造の恐れがありません。
手間は掛かりますが、一番安心です。
『遺言書』には、どの様な事でも書くことが出来ますが、法的に効力があるのは、次のとおりです。
(1)身分に関する事
子供の認知
後見人及び後見監督人の指定
(2)相続に関する事
相続人の廃除及び廃除を取り消し
相続分の指定
遺産の分割方法の指定
遺産の分割の禁止
相続人間の担保責任の指定
遺言執行者の指定
遺留分の減殺方法の指定
(3)財産の処分に関する事
財産の遺贈
財団法人を設立する為の寄付行為
財産を信託法上の信託に出すこと
以上、遺言によって法的に効力のある3つの事は、生前であれば当然に本人の意思で行う事が出来る事でもあり、内容によっては、相続人にとって納得しがたいこともあります。
従って、法的には効力がありませんが、付言事項により遺言の説明を書くことは非常に重要です。
不動産は売却して良いか悪いかが書いてあるとトラブルを避ける事につながる
残された家族への想い、お世話になった方への感謝の気持ちなどが書かれている遺言書は、大切な家族を亡くした喪失感を和らげてくれます 。 また、自分の親が亡くなって、知らない「子供の認知」が書かれた遺言が出てきたら、家族は戸惑うばかりです、
やはり、お詫びの言葉や説明は必要でしょう。
相続財産の分割は、法定相続分どおり平等に分ける事は、不可能になるケースが多いのです。
財産を引き継いで欲しい理由が書いてあると、不平等な分割であっても納得しやすくなります。
不動産については、処分を巡ってもめることがありますので、売却して良いか悪いかが書いてあると後々のトラブルを避ける事につながります。
『遺言書』は、ある相続人に法定相続分より多く財産を引き継いで欲しい時、法定相続人ではない人に財産を渡したい時に確実に想いを達成する事が出来ます。
従って、十分時間をかけ大切な家族が揉めないような付言事項を書き添える事をお勧めします。
執筆者プロフィール : 小川 実
一般社団法人相続診断協会代表理事。成城大学経済学部経営学科卒業後、河合康夫税理士事務所勤務、インベストメント・バンク勤務を経て、平成10年3月税理士登録、個人事務所開業。平成14年4月税理士法人HOP設立、平成19年4月成城大学非常勤講師。平成23年12月から現職。日本から"争族"を減らし、笑顔相続を増やす為相続診断士を通じて一般の方への問題啓発を促している。相続診断協会ホームページのURLは以下の通りとなっている。
http://souzokushindan.com/