「読んでから見るか、見てから読むか」
かつて一時代を築いた角川文庫は映画原作小説をそう売り出したが、この選択は原作付き映像作品に限らず、スポーツ観戦でも同じことだ。なんとか情報を遮断して試合結果を見ないように帰っていたら、家の直前で鍵を取り出す際にスマホの速報アプリ通知を見ちゃったあの絶望感。ついでに「いやーギリ勝ったね」なんつって友だちから飛び込んでくるLINE着信。令和の時代、情報を追うというより、情報が俺を追ってくる。
そんな情報過多の日常からしばし避難するためにひとり映画館へ向かう本連載。あえてほとんど前情報は入れずにチョイスしたのはヒット中の『仮面病棟』である。
ちなみに個人的にまずは映画を観てから、後追いで原作を読んで補完するようにしている。先に原作を読み込むと、これが入っていないあのシーンが違うなんつって気が付けば映像化のあら探しのような気持ちになってしまうからだ。映画も合コンもいかに対象の長所を見つけるかが楽しむポイントではないだろうか。そういう割り切りが大人のソロシネマライフには重要な気がする。
コロナ余波で館内が寂しい作品も目立つ中、『仮面病棟』は平日午後回にもかかわらず6割くらいの客入りで、(恐らく学校が休校中の)若い客層も多かった。本作は現役医師の知念実希人氏の本格ミステリー医療サスペンス小説を木村ひさし監督が映画化。
古めかしい療養型病院にピエロの仮面を被ったコンビニ強盗犯が押し入り、自らが逃走中に撃った女子大生の川崎瞳(永野芽郁)の治療を要求して立てこもる。
先輩医師と当直バイトを代わり事件に巻き込まれた外科医・速水秀悟(坂口健太郎)は、瞳を治療し職員や60人以上の入院患者と監禁され、脱出を試みるうちに、この病院に隠された重大な“秘密”を知ってしまう。果たして速水と瞳は無事に生還することができるのだろうか?
さて、ここからはネタバレ防止のためミステリー部分の仕掛け云々ではなく、原作者の知念氏が脚本にも参加しているので、映画と小説の両方楽しんだ上で「ここは映画の方が原作より良くなっていた!」という箇所を独断と偏見で紹介しようと思う。
まず、映画の舞台となる「田所病院」の佇まいがもう完璧に近い。重く深く古く暗い、ここだけには絶対入院したくないと思わせるロケーション。公式パンフレットによると、北九州市の廃病院内にセットを組み、複数の施設で撮影したとのことだが、よくこんな病院を探したなというまさにイメージ以上の雰囲気だ。冒頭のこの田所病院の佇まいが強烈なので、直後に登場する物語の鍵を握るアンバランスな最新鋭の手術室がさらに映える。この視覚的なインパクトは映画ならではの強さだろう。
もちろん映画単独主演は初めての坂口健太郎や永野芽郁も熱演している。坂口演じる速水は原作のズンドコ具合(やたらと瞳を女として意識しちゃう)が緩和され、過去体験を追加したことにより見る側も感情移入しやすい。
瞳役の永野の時に危なっかしい逸材ぶりは、2004年3月28日に行われた新日本プロレスの棚橋弘至vs.村上和成のノーピープル金網デスマッチ時の若き棚橋を彷彿とさせる。まだ粗く流血シーンも堅い、でも将来性とスター性に期待みたいなあの感じ(こちらも新日本プロレスワールドで公開中)。
そして、なにより映画化でハマったのが田所院長(高嶋政伸)に看護師の東野(江口のりこ)と佐々木(内田理央)だ。原作だとこの3人の背景が(恐らく意図的に)ボンヤリしているのだが、映画ではキャラ設定を変え、田所にギラついた下衆さとスケベさを、東野に謎めいた奥行きと存在感を、佐々木には職場のちょっとモテる結婚を控えたアラサーお姉さんの生々しさを与えている。
映画『横道世之介』の隣人役で見せたどこにでもいそうで実はいない熟練のバイプレーヤー江口のりこ、深夜1時の吉野家でつゆだく牛丼食ってそうなくたびれたいい女を演じさせたら誰よりもハマるであろう内田理央。思わずこの看護師コンビのスピンオフ作品を見たくなってしまう。
原作ではボヤけていた病院サイド3人の輪郭がクリアになることにより、登場人物それぞれの“秘密”に対する葛藤や温度差にも説得力が出る。まさにそれぞれの仮面からこぼれ落ちる本心。個人的に映画版のミステリー要素は薄く、物語の仕掛けや謎解き要素についてはほとんどの客は早い段階で気づいてしまうかもしれない。しかし作品の見所はそこじゃなく、それぞれの立場での“正義”のぶつかり合いにある。
正義っていったいなにかね? 登場人物たちは、自分の行動に理由づけて正当化させるが、いつの時代も自分が信じる常識や日常が揺らぐ瞬間に、人間の本性が暴かれるものだ。人にはそれぞれ事情がある……なんつって、映画が終わると本屋に立ち寄り、原作者の『時限病棟』と『誘拐遊戯』を購入して帰った。今週末は外出を控え部屋に籠ることになりそうだが、新型コロナウイルスが落ち着き平穏な日々が訪れた時には、ぜひオススメしたい1本である。
お前さん、この映画を見なくていいのか?
■【ソロシネマイレージ 72点】
本作内容とは全然関係ないが、動画配信で野球中継を見ているとタイムラグで速報通知の方が30秒位早く届き、強制的に「読んでから見る」状態になってしまうのも悲しみのリアルである。
(ソロシネマイレージとはおじさんひとり映画オススメ度の判定ポイント。なおこの点数が高いほどデートムービーには向かない)
(C)2020 映画「仮面病棟」製作委員会