懐かしいな。

あらゆるシーンから血と体液と90年代のむせ返るような臭いが漂う『初恋』を観ながら、そう思った。昔の友だちと再会したような、まるでデジャヴのような、そんな映画体験である。

個人的に最近ヒマだ。コロナ余波でプロ野球もオープン戦全試合無観客で行われ、飲み会みたいな集まりも全然ない。進行中の企画はことごとく途中で止まり、テレビじゃトイレットペーパーという究極の日常の象徴が不足なんてセコいデマが飛び交う。こんな時だからこそ、劇場の暗闇にまぎれて映画の世界に逃げ込みたくなる。

  • 左から小西桜子、窪田正孝

物語は天涯孤独のボクサー葛城レオ(窪田正孝)が、「助けて!」と走ってきた少女を追う男を反射的にぶん殴り気絶させたところから動き出す。

殴り倒された中年男は刑事の大伴(大森南朋)で若手ヤクザの加瀬(染谷将太)と組の資金源のブツを横取りしようと、囚われの少女モニカ(小西桜子)を使ったのである。試合でKO負けを食らい、さらに難病の宣告をされ自身の未来に絶望していた葛城レオは、なし崩し的にモニカと行動をともにする。

主人公は崖っぷちボクサー、組織に追われる悲劇の美少女、あがき続ける時代遅れの男たち、バイオレンス、裏切り、チャイニーズマフィア、拳銃、カーアクション……。オールドスタイルの武闘派ヤクザ権藤(内野聖陽)の古すぎて新しい佇まいや、加瀬に構成員の彼氏を殺され復讐の鬼と化すジュリを演じるベッキーのべらぼうな戦闘力の高さも見所だ。

  • 内野聖陽

デンゼル・ワシントン主演の『イコライザー』より肉体的で下品なホームセンターでのバトルロイヤルも生々しくてひたすら最高で最強。マジでバージョンアップした令和版Vシネマ。最近、こういう社会から弾き出された明日なきアウトローたちが主役を張る作品は激減している。

数日前に30代中盤の知り合いの編集マンから「初恋、面白かったですよぉ!」なんて興奮のLINEが来ていたが、まさに柿ピーとビール片手の「おっさんのソロムービー」(以下OSM)という意味では、ほとんど完璧な作品だ(ただしお色気シーンは少なめ)。この懐かしい感覚はなんだろうとパンフレットを購入して確認したら、三池崇史監督も脚本・中村雅氏もやはり『DEAD OR ALIVE』シリーズを意識して本作を作ったのだという。

「くだらない奴らのくだらない攻防からピュアなものが生まれる」という三池監督の哲学は20年前から変わっていない。99年公開の『DEAD OR ALIVE 犯罪者』(以下DOA)のストーリーは「新宿署の刑事・城島(哀川翔)が、新宿の街で暴れる中国人マフィアリーダーで中国残留孤児3世の龍(竹内力)を追う」というシンプルなもの。

世紀末の新宿の街が映し出されるが、激変したコマ劇場前の様子やまだ駅の改札でSuicaを使っている人がいないところに平成中期を感じさせる。映画のキャッチコピー「フツーに生きたいなら、このクライマックスは知らない方がいい」から分かるようにロジカルな常識を嘲笑うかのような荒唐無稽なラストシーンが話題となった。

そう言えば、『DOA』はカネもコネも実力もない絶望的に無力でヒマな学生時代に大阪の新世界国際劇場で観た。不思議な感覚だった。1999年に『DEAD OR ALIVE』を劇場で観賞し、2020年にも『初恋』をまたひとり映画館で観ている。自身に流れた膨大な時間も作品とワリカンする、これぞOSM(おっさんソロムービー)の醍醐味である。

  • ベッキー

スクリーンの中で不様にあがくアイツは俺なんじゃないか……。今も昔も三池作品は、行き場所のない男たちの最後の受け皿だ。

お前さん、この映画を見なくていいのか?

■【ソロシネマイレージ 93点】
作品内容とは全然関係ないが、ジュリ役のベッキーの旦那さんは巨人二軍コーチの片岡治大である。
(ソロシネマイレージとはおじさんひとり映画オススメ度の判定ポイント。なおこの点数が高いほどデートムービーには向かない)

  • ■『初恋』劇場公開日:2月28日~
    新宿・歌舞伎町を舞台に余命いくばくもないプロボクサーが、ヤクザに身売りされて囚われの身となった少女を助けようと奮闘するラブストーリー。主人公のプロボクサー・葛城レオを窪田正孝が、ヒロインの少女・モニカには新人女優の小西桜子が演じており、カンヌ国際映画祭の監督週間やトロント国際映画祭のミッドナイト・マッドネス部門で上映されて世界の映画ファンを魅了した。

(C)2020「初恋」製作委員会