今でも時々、2004年放送のフジテレビ『僕と彼女と彼女の生きる道』のDVDを見る。

親子関係、そして家族を描いたテレビドラマとしては、21世紀屈指とも言える傑作だろう。銀行に勤める仕事一筋のアラサー男が、突然妻に出て行かれて、1人娘とふたりで暮らすことになる。これまで育児は妻に任せっきりで自分の子供なのにどう接していいかも分からない。だが家庭教師に相談しつつ、とまどいながら徐々に娘との距離を縮めていく。

人生において、大事なのは仕事か、家庭か、ちきしょうこんな夜には牛丼だ……そんな現代人にとって永遠のテーマで主役の小柳徹朗を演じるのが、草なぎ剛である。

■違和感なく“普通”を演じられる男・草なぎ剛

草なぎ剛

徹朗はノーマルだ。ヒーローでもなければ、悪役でもない。冷たさと温かさを併せ持ち、ときに嫌なヤツにもなればいいヤツにもなる。誰もが振り返るイケメンタイプではないし、身長が高いわけでも、筋肉ムキムキなわけでもない。どこにでもいる、いわゆる総武線の満員電車に乗ってそうな“普通の人間”だ。あえて格好良すぎない。そういう立ち位置のキャラクターが草なぎ剛は抜群に上手い。SMAP時代は国民的アイドルでありながら、違和感なく“普通”を演じられる男なのである。

さて、そんな草なぎ剛が主演したのが映画『台風家族』(2019年)だ。10年前に銀行で2,000万円を強盗した両親の葬儀のために、鈴木家の4人きょうだいが10年ぶりに葬儀屋を営んでいた実家に集まる。とは言っても、逃走したまま行方は分からず、死体も盗んだ金も見つかっていないが、きょうだいで財産分与を行うための形式的な葬儀である。

長男の鈴木小鉄(草なぎ剛)は妻・美代子(尾野真千子)と娘・ユズキ(甲田まひる)の3人で実家に帰る。長女の麗奈(MEGUMI)や三男の千尋(中村倫也)ら他のきょうだいに対して、「預金や保険もたいした金額じゃない。遺産はこの家と土地だけ」なんつって場を仕切り、少しでも多くの遺産を手に入れようと仕掛ける。

そう、夢を諦めた小鉄はあらゆる仕事が長続きせず、交通事故でむち打ちになるくらいツイてなく、自分に卑屈で銭ゲバでナチュラルに“普通のクズ”である。

別に躊躇なく人を刺すとか、日常的に強盗をやるとかそういういかにも映画的な分かりやすいヘビーなクズじゃない。どこにでもいる、普通のクズだ。でも、不思議と草なぎ剛が演じると不快感はない。実はちょっといい奴なんじゃねえかと観る側に絶妙に思わせるクズなのだ。

ピアノの才能に恵まれ将来を嘱望される娘から「ちゃんと自分で稼いで、自立しなよ」なんて言われちゃうさえない父親。あのドラマ『僕と彼女と~』の父親と幼い娘の関係性とはまた違う、思春期のリアルなダメ出し。

■胸を打つ娘や父とのエピソード

甲田まひる

小鉄と娘・ユズキ、さらに小鉄と父・一鉄(藤竜也)のエピソードは中年男が部屋でひとり観ると、やたらと胸を打つ。正直、泣けた。だって、小鉄のダメさって、セコい欲や虚栄心という誰もが少しずつ隠し持つ弱さでもあるから。同時に小鉄のたまに見せるやさしさは、誰もが自身の子どもや親に持っている感情だから。役者・草なぎ剛が具現化する普遍的な、あらゆる普通の人生と隣り合わせの感情を通して、観客はそこに自分を見るのだ。

映画の好みが分かれるラストの展開には個人的にまったく乗れなかったし、三男の千尋がユーチューバーという設定はあまりにイージーすぎじゃ……的な突っ込みどころも多々ある。

それでも、草なぎ剛が演じる“究極の普通さ”は、我々の心のずっと奥の方に違和感なく心地良く入り込んで来るのである。

■【ソロシネマイレージ 70点】
鈴木家長女・麗奈役のMEGUMIも、隙だらけのエロさをいかんなく発揮していて抜群に素晴らしい。公式パンフレットによると市井昌秀監督は若い頃からMEGUMIのファンだったという。たからあの絶妙なアングルで……じゃなくて市井監督はたぶん信頼できる男だ。

『台風家族』
世界一“クズ”な一家だけどなぜか憎めない、愛すべき鈴木家の“台風”のようなめまぐるしい夏の1日を描いた物語。鈴木家の長男・小鉄を草なぎ剛が演じた。
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