そう遠くない未来、自動運転機能を持った自動車や、自動運転による人を乗せられる移動サービスが広く普及して、街を走りまわる時代が来るとも言われています。自動運転車にもスマホのようなセルラー通信機能が搭載され、私たちの移動時間の過ごし方が変わり、クルマとスマートホーム機器のさまざまな連携が実現するかもしれません。

今回は、コンシューマ機器向けの「eSIMプラットフォーム」を開発するNTTドコモの担当者を訪ねて、eSIMプラットフォームが次世代のコネクテッドカーに広がる可能性について聞きました。

eSIM(組み込み型SIM)があらゆるモノに通信機能をもたらす

対応してくれたのは、NTTドコモでコンシューマ向けeSIMサービスの開発を担当する秋山友宏氏と、コネクテッドカーとモビリティのビジネスを担当する玉井佑治氏と青木貴洋氏です。

  • NTTドコモ 移動機開発部 次世代方式担当 主査の秋山友宏氏(写真右)、法人ビジネス本部 コネクテッドカービジネス推進室 第一ビジネス推進担当の青木貴洋氏(写真左)。法人ビジネス本部 コネクテッドカービジネス推進室 第一ビジネス推進担当課長の玉井佑治氏にも質問に答えていただきました

最近はiPhoneやiPadにも採用が広がったことで、「eSIM(組み込み型SIM)」が注目されています。2020年3月には、IIJが個人向けのSIMサービスを開始しました。

eSIMとは、電子機器の基板に「embedded:組み込み」して実装するSIMです。現在主流のプラスチックカード型SIMに比べてサイズが格段に小さく、ハンダ付けして組み込めるので、温度変化や振動に対しても強いところが大きな特徴です。秋山氏はeSIMを組み込むことによって、自動車に限らずより大きなものや、反対にウェアラブルデバイスやトラッキング用途のセンサーといった極小サイズの機器まで、広く通信機能を持たせられる点をeSIMのメリットに挙げます。

  • eSIMのメリットを語る秋山氏

従来、スマホやタブレットなどのコンシューマ機器で通信サービスを利用するためには、電話番号や契約内容といった加入者情報(プロファイル)を書き込んだSIMカードを、人の手で端末に装着する必要がありました。

NTTドコモが開発した「eSIMプラットフォーム」は、あらかじめ対応端末に組み込んだeSIMに、遠隔からプロファイルを書き込むことができます。これにより、ユーザーが別の端末(スマホなど)を操作して、対象のeSIMが入った端末を有効化できるわけです。通信機能のアクティベーションに必要なプロファイルは、ネットワーク経由でeSIMに書き込まれます。

  • 物理的なSIMカードは、ユーザープロファイルをリーダーライターでSIMカードに書き込み、デバイスに人の手で装着する必要がありました。コンシューマ機器向けのeSIMは、機器に組み込まれているeSIMに対して、遠隔操作によってユーザープロファイルを書き込めます(図1のUIMカードは、SIMカードと同義)

スマホとコネクテッドカーをペアリングしてシンプルに使えるサービスを目指す

取材中、eSIMプラットフォームがどのようなものか、NTTドコモが考えるコンセプトをデモとともに体験できました。

まず、コネクテッドカーに何らかの手段を使ってスマホなどをペアリングして、クルマをインターネットに接続します。ペアリングにはNFCを使ったり、BluetoothやUSBでスマホとつないだりして、テザリングによってコネクテッドカーをインターネットに接続する方法が考えられます。

  • 車載eSIMによるエンターテインメント体験のデモンストレーション模型

続いてスマホ側のアプリを操作して、コネクテッドカーのeSIMにユーザープロファイルを遠隔で書き込み。すると、音声通話やデータ通信などさまざまサービスが、自動車の中で利用できるようになります。こうしたコネクテッドカー向けのサービスについて、玉井氏は「これから具体的な提供方法など検討を進めていきたい」と話しています。

スマホに次ぐユーザーの“セカンドデバイス”としてコネクテッドカーを位置付けた場合、ユーザー固有のプロファイルを複数の機器で共有する方法のひとつとして、「ワンナンバーサービス」の応用が検討されています。NTTドコモのワンナンバーサービスは、1件の電話番号をスマホとアクセサリ端末で共有して、それぞれの端末で音声通話とデータ通信を利用できるサービスです。現在、NTTドコモでは、「Apple Watch」と「ワンナンバーフォン ON 01」を対象に提供しています。

  • 1つの回線契約に、複数のeSIM内蔵アクセサリー端末をペアリングして、音声通話やデータ通信を利用するイメージ。ペアリングした端末の管理や端末ごとの通信容量チェックを、アプリから行う使い勝手が想定されています

または、スマホを代表回線、コネクテッドカーを子回線として、毎月固定のデータ通信量をユーザーが所有する複数機器でシェアしながら使う手段も考えられそうです。NTTドコモがかつて提供していた「デバイスプラス」のようなかたちですね(デバイスプラスの新規申し込みは2019年5月31日で終了)。

  • NTTドコモのワンナンバーサービスに対応する「ワンナンバーフォン ON 01」

クルマの中でリッチコンテンツを楽しむには、コンシューマeSIMが不可欠

現在、自動車メーカーがクルマのオーナー向けに提供するコネクテッドカーのサービスは、自動車メーカーがキャリアの通信回線の契約主となる形態が主流です。「テレマティクスサービス」とも呼ばれているコネクテッドカー向けのサービスは、扱うデータ容量が比較的小さなものが中心。たとえば、道路のナビゲーションサポート、天気・ニュースの配信、車両診断、緊急時のヘルプコール、メッセージサービスなどが挙げられます。

しかし今後の5G時代では、ドライバー以外の同乗者も、高速・大容量通信を使うリッチな動画、音楽といったエンターテインメントを、クルマの中で楽しめようになると言われています。この環境を実現するには、通信キャリアのサービスをユーザーが直接契約できる仕組みを作り、大容量データを円滑に扱えるプラットフォームが必要でしょう。そうした見通しから、NTTドコモはeSIMプラットフォームの実現に向けた取り組みに力を入れています。

  • コネクテッドカー向けの通信ビジネスの可能性を語る青木氏

NTTドコモのeSIMプラットフォームに対応するには、自動車(あるいはカーナビやドライブレコーダーなど後付けできるコンポーネント)に、eSIM機能を搭載する必要があります。サービス契約後にネットワーク開通する手段も、今回のデモで体験したスマホアプリからユーザーが個別に行う仕組みのほか、もっと効率的で簡単な方法が見つかるかもしれません。NTTドコモでは現在、各方面と実現に向けたディスカッションを交わしているところです。

レンタカーのeSIMに、ユーザーのプロファイルを即座に書き込めるかも

コネクテッドカー向けの通信サービスが整ってくれば、映像・音楽のエンターテインメント配信だけでなく、クラウドAIを活用したボイスアシスタント付きのリッチな走行アシストや、コネクテッドカー向けのアプリサービスなどが充実してくるかもしれません。

ユーザーのプロファイルをeSIMにすばやく書き込めて、セキュアに管理できる仕組みが普及すると、不特定多数のユーザーが使うカーシェアリングに活用する道も現実味を帯びてきます。レンタカーのeSIMに「自分のプロファイル」を書き込むのがミソ。自分がカスタマイズしたドライブ情報や、音楽配信サービスに登録したお気に入りのプレイリストをスマホで呼び出して、「いつもの運転環境」をどんなコネクテッドカーでも再現できるイメージです。

さらに次のステップとしては、自宅やオフィスのスマートホーム・IoT機器とクルマがコネクトする未来が考えられます。ユーザーの豊かな暮らしを「スマホみたいなコネクテッドカー」が支えてくれる日も、意外と近いのではないでしょうか。