今、神奈川県内で最も話題の名水スポット!
環境省(旧環境庁)が1985年に発表した「名水百選」というものがある。ちなみに神奈川県内では、以前このコラムで紹介した「秦野盆地湧水群」と、足柄上郡山北町の「洒水(しゃすい)の滝・滝沢川」が、その中に含まれている。
しかし環境省としては、日本全国にまだまだ素晴らしい名水が存在するので、そろそろ「名水百選」につづいて「平成の名水百選」を選んでしまおう、というふうに考えたらしい。
全国の都道府県が、それぞれ最大4カ所を自薦し、全国162カ所の名水スポットが候補としてリストアップされた。これを環境省が組織した有識者による委員会が、名水の保全活動、周辺環境、故事、希少性など6部門で評価(飲用可能かどうかは無関係)して、最終的に和歌山県那智勝浦町「那智の滝」や山梨県甲府市「御岳昇仙峡」など100カ所が選定された。「名水百選」とはダブっていないので、新旧百選を合わせると、日本には全部で200カ所もの名水スポットが存在することになる。
この2008年6月3日に発表されたばかりの「平成の名水百選」において、県内でただ1カ所だけリストに入ったのが、南足柄市狩野(かの)にある清左衛門地獄池(せいざえもんじごくいけ)というスポット。清左衛門? 地獄池? 名水好きのぼくとしては、まったくのノーマーク、ウワサすら聞いたことがなかったので、このニュースにはかなり驚かされた。
地図を見ると、二宮町からは西方へおそらく車で40分前後、そう遠くない。よし、清左衛門地獄池とやらを一度のぞいてみよう。
最寄りの駅は、その名も「富士フイルム前駅」
今回、ぼくは車を利用したが、近くの曹洞宗最乗寺を目指す大雄山ハイキングと組み合わせて、電車でこの地を訪れる人も多いそうだ。その場合は小田原駅と大雄山駅を結ぶ伊豆箱根鉄道大雄山線の「富士フイルム前駅」で下車。のんびり歩いて20~30分ほどの道のりだという。
車でも徒歩でも、清左衛門地獄池へ向かう途中で目に入るのが、1934年から操業し、駅名にもなっている富士フイルムの工場。正式には「富士フイルム神奈川工場足柄サイト」というらしい。主にテレビやパソコン、ケータイなどの液晶ディスプレイに欠かせない保護フィルムを開発&生産し、工業用水はすべて清左衛門地獄池の名水を引いている。なるほど、そういえば時計やカメラといった精密機械の工場も、きれいな水に恵まれた湖畔などにあったりするが、それと同じことか。
工場を通り過ぎ、火の見櫓(ひのみやぐら)と交番のある角を右折して住宅街を抜けると、間もなく赤い鳥居が見えてきた。その奥に広がる池こそ、清左衛門地獄池だ。金網と石垣で囲まれた釣り堀のような空間は、想像したよりも小さかったが、池を満たしている水は想像以上の透明度だった。
清左衛門地獄池の湧水については、不思議な物語が伝えられている。その昔、水不足に苦しむ村から、清左衛門という人物がこのあたりへやってきた。水を探しているうちに、地面に開いていた深い穴に馬と落ちてしまったが、不思議なことにそこから水が湧き出したおかげで、村の人々は飲料水や農業用水に困らなくなった。穴に向かって「清左衛門! 」と呼びかけると、水はさらに勢いよく湧き出した、と言われているそうな。
その一方、すぐ近くにある富士フイルム社宅の敷地内で、5000~6000年前の縄文時代前期の住居跡が発見されていることから、この湧水を中心に集落が出来ていったのではないか、という説も根強い。
地獄池コーヒーは天国コーヒーのような味わい
さまざまな歴史ロマンを秘めた池の中では、鯉や金魚がたくさん泳いでいた。岸辺をグルリとなぞるように小径がのびていて、中央の浮島には厳島神社の小さな建物が佇む。すぐ隣には弁財寺、そして地元ボランティアによって造られたという幸運の滝が、緑あふれる山肌から流れ落ちていた。滝に面した湧水公園の東屋で、ひと休憩。梅雨明け前のむし暑い午後に、名水を眺めながら涼をとる……なんて風流なひとときだろう。
さて、もちろん車にはポリタンクを積んできたので、池のまわりをもう一度歩いて、水が汲めそうな場所を探す。しかし、考えてみれば、池には鯉や金魚もいるわけだし、その水を汲んでも仕方ない。
幸運の滝と、そのまわりの広場をチェックしてみたが、それらしき設備はまったく見つからず。しかし、ふと広場の片隅にある動物園のオリのような金網ボックスをのぞいてみると、太いパイプから水が流れ出して小川に注いでいるではないか。オリの反対側にまわりこむと、そこに水汲み用の蛇口があった。
さっそく蛇口をひねって、あふれ出る清水を手ですくって飲んでみる。冷たい! 甘い! おいしい! 秦野の湧水群は丹沢山系だが、こちらは箱根外輪山の伏流水。「清左衛門! 」と呼びかけなくても、1日に1万3,000トンもの水が湧き出しているそうだ。
20リットルのタンクいっぱいに水を詰めて帰り、その夜、家でコーヒーをいれてみた。二宮町の水道水は、東京に比べればはるかにおいしいが、やはり天然水にはかなわない。同じコーヒー豆なのに、ここまで違う味になるものかと、しみじみ感動。ご飯、お茶、オンザロック……タンク1杯で、しばらくは楽しめそうだ。
※(注)……ほかの湧水スポットと同じく、天然水の飲用はすべて自己責任で!