船を降りてから朝市までが大忙し

第45回で書いたように、早朝5時から漁船に乗って定置網の漁を見学させてもらったぼくらは、6時30分ごろに港へ戻った。漁船に乗らなかったボランティアスタッフたちもすでに集まっていて、2時間後にスタートする朝市の準備がはじまった。

この日、ぼくらが準備作業のイロハを教えてもらったのは、「大磯だいすき倶楽部」のメンバー、富山昇さん。そもそも今回の朝市参加は、ぼくの知り合いのHさんに富山さんが声をかけ、それゆえHさんがぼくを誘ってくれた、という流れだったので、この富山さんがいなければ、ぼくは漁船にも乗れていなかったわけだ。

ちなみに「大磯だいすき倶楽部」は、自分のできること、得意なことで大磯の町づくりに参加しようとする町民やグループをバックアップする団体。そうした人々といっしょに大磯の歴史や自然、文化を守り、より豊かで住みやすい町にして次世代に受け渡すことを目的にしている。海の大好きなメンバーが集まり、ボランティアとして朝市を応援しているのも、そうした町づくり活動のひとつだ。

さて、朝市の会場となる市場の中で最初に行うのは、魚を入れる袋の用意。渡された段ボールをのぞくと、スーパーなどでお馴染みの白いビニール袋が、折りたたんだ状態で何百枚も束になっていた。そこから1枚ずつとって、あとで魚を入れやすいように口を広げた状態で段ボール箱の中に積み重ねていく。

一方、漁師たちは漁船から獲物を陸に揚げて、手際よく次々と仕分けを行っていた。アジ、カマス、マサバ、ゴマサバといった種類だけでなく、サイズも選別。この時、魚を入れるバケツにサイズを示す札を浮かべるのだが、そこに書かれた文字は「大」「中」「小」のほかに、「特大」とか「小小」なんてものまであった。海の男たちの仕事ぶりは、大雑把で荒っぽいようなイメージとは裏腹に、実は驚くほど繊細だ。

漁船から港へ水揚げした魚を漁師たちが急ピッチで選別していく

仕分けた魚のサイズがすぐにわかるように、いっしょにバケツへ入れておく札

大衆魚も高級魚も飛ぶように売れる

口をひろげておいたビニール袋のすべてに、カマスやサバ、イカなどをそれぞれ詰め終わったころ、朝市がはじまった。日の出前から並んで整理券をゲットした人から、オープン直前に慌ててやってきた人まで、この日集まったお客さんは、ざっと300人以上。大磯港で竿を出してみたものの釣果が思わしくなかったのか、クーラーを抱えた太公望も混じっていた。

朝市の舞台となる魚市場。朝市の日には無料駐車場も用意される

市場の入り口で朝市のオープンを待つ人たち。圧倒的に男性が多い

整理券の順番に従って何十人かずつ市場の建物内へ入り、狙っていた魚のコーナーへ駆け寄ってくる。この日の定置網は何しろいつもの3倍もとれてしまったので慌てる必要もないのだが、お客さんサイドは、もちろんそんな裏事情をまったく知らない。

朝市がはじまると、ぼくらボランティアは、不足したビニール袋を補充したり、販売を手伝ったりした。まるで地下鉄出口でティッシュを配っている人のように、目の前を通りかかるお客さんにカマスの入ったビニール袋を差し出して次々と買わせてしまうスゴ腕のおばさんもいたが、彼女がボランティアだったのかどうか、いまだにわからない。

そう、朝市がはじまってしまうと、ボランティアや漁師、お客さんが入り交じって、もう誰が誰だかわからなくなってしまうので、長靴や首に巻いたタオルなどを見て何となく判断するしかない。最初は戸惑ったが、次第にそんなゆるいところも大磯朝市の魅力に思えてくるから不思議だ。

人気のあるヒラメの値段は、サイズによって3,000~6,000円

ヒラメやイシダイ、ホウボウなどの高級な活魚を販売するコーナーをのぞいてみると、早い者勝ちで買われた魚たちがその場でシメられていた。大振りな魚たちに出刃包丁で挑む漁師を観衆が取り囲む風景は、ちょっとした大道芸パフォーマンスのようだった。

ちなみに値段は、カマス6本500円、マサバ5本500円、ゴマサバ5本300円、ジンタ(豆アジ)1袋300円など信じられない安さ。自分でも好物のマサバを買っておいたのだが、朝市終了後、漁協の組合長から「おつかれさん!」という言葉とともに、カマスとジンタをどっさりくださった。

唐揚げや干物のほか、南蛮漬けにしてもおいしいジンタ(豆アジ)

最もたくさんとれた魚はカマス。大磯の家庭ではフライにするのが定番とか

漁船も朝市、どちらも初めての体験でとても楽しかったのに、最後にお土産の魚までいただけるなんて……。大磯の素晴らしき朝、プライスレス。

卵やアラまで食べ尽くすべし

帰宅後は、魚料理が得意な母親の指導を受けながら、たくさんの魚を次々とさばいていった。まず、ジンタは包丁を使わずに指で内臓をきれいにとって、唐揚げに。数えたら110匹もあったので、そのうち20匹ほどは塩をふって干物にした。

マサバの刺身は何となく初ガツオに似たシンプルな味わいだった

つづいて、マサバ。とれたてならではのサバの食べ方といえば、刺身だろう。試しに半身だけ刺身にして、おいしかったら〆サバも作ろうと思っていたのだが、残念ながらそこまでは脂がのっていなかった。そういえば、漁師のひとりが「今の時期のサバは卵を持っているから味が落ちる」と言っていたっけ。


ならば逆に卵をたっぷり楽しんでしまえ、とばかりに、腹の中に詰まっていた卵を甘辛い醤油味で煮てみたら、これが意外においしかった。マサバの身は竜田揚げと干物、アラは味噌煮に。

庭先に箱型のネットをぶらさげて、カマス、サバ、ジンタを干す

カマスは、最初から干物にしようと決めていた。うちの母親いわく「身がやわらかい分、サバやアジよりも塩分が染みやすいので、塩をふってから10分程度で洗い流して干すのがコツ」らしい。

その夜の食事は、まさに朝市魚三昧、煮物や干物、唐揚げなどが、食卓を埋め尽くした。定置網をひきあげるところから見届けた魚を、自分で調理して食べるのだから、これほどの贅沢がほかにあるだろうか。そんな濃い時間を過ごすことができると、ああこの地に暮らしていてよかったなあ、としみじみ思う。

朝市で買った松道丸の釜揚げシラスをご飯にのせて頬張る

次回の朝市は、6月15日の8時30分から開催(整理券は7時より配布)。おいしい地魚が食べたい方は、早起きして大磯港へどうぞ。