「漁船に乗りませんか?」とうれしいお誘いが

2008年5月18日、日曜日。西湘エリアに広くて深いネットワークを持つHさんから声をかけていただき、大磯港で4~11月のシーズン中(8月を除く)、毎月1回(原則として第3日曜)行われている朝市に参加した。お客としてではない。朝市の準備などを補助するボランティアとして、だ。

地元の朝市に関われることだけでも興味津々だが、今回のお誘いには、さらにうれしいオマケが付いていた。「朝市の前に漁船に乗ってみませんか?」というHさんの言葉を聞いた時、ぼくは「乗ります! 行きます!」と即答した。漁船に乗り、大磯の沖合に仕掛けられた定置網を揚げて、そこでとれた魚介類を朝市で売る……なんて楽しそうな話なのだろう。

大磯港集合は、早朝5時。駐車場に車を置き、長靴を着用してからHさんたちと合流する。魚市場前には、早くも朝市の整理券をもらおうとする20名ほどの人々で、行列ができていた。ちなみに整理券が配布されるのは7時、朝市がはじまるのは8時30分だから、彼らは5時から2時間待って整理券を、そこからさらに1時間30分待って魚を入手するつもりらしい。

列に並んでいるのが中高年の男性ばかりなのは、「あんた、早朝から並んで魚買ってこなきゃ朝ご飯ないからね!」なんて奥さんたちに脅された、いや、お願いされたからなのか。いずれによせ、朝市がこれほど盛り上がっているとは知らなかった。

沖合の定置網上でウミガメと遭遇

5時20分。漁船に乗り込む。もうトータル何十年も大磯や二宮で暮らしているのに実は、漁船はおろか釣り船でさえ一度も乗ったことがない。これまで全国各地、世界各国で漁船に乗ってきたが、地元では不思議とそういう縁に恵まれなかった。船が進むほどに気分は高揚し、遠ざかる大磯の景色が美しく見える。

大磯漁協が保有する定置網用の漁船。ふだんはとれた魚の大半が小田原市場へ出荷される

船上には、漁師とその手伝いが合計10名前後、ぼくのような見学者が5名ほどいた。甲板のヘリの高さが20cm程度しかないような造りの船なので、全員が立ったまま、沖合へ向かう。およそ5分で、定置網エリアに到着。大磯漁業共同組合の組合長が指示をして、網の端をフック付きの棒などで器用に手繰りよせる。このあたりの深度は30mほどあるそうだ。

沖合の漁場に到着し、組合長の指図でブイのロープが引き上げられる。脳内BGMは「兄弟船」

組合長がロープを引っ張る作業を見ていると、突然、何か巨大な影が、目の前を通り過ぎた。その姿をとらえた時、ぼくは思わず「ウミガメだ!」と叫んでしまったが、漁師たちは誰も驚いていなかったから、それほど珍しい訪問者ではないということなのだろう。全長1メートルはあったように思えた。せっかくデジカメを手にしていたのに、あまりに突然すぎて撮影できなかった。あの時、どうして即座にシャッターを押さなかったのか……ああ自己嫌悪。

シロウトは手出し無用、ただ見守るのみ

ウミガメが撮影できなくて落ち込んでいるぼくの足下で、おそろしいくらいに錆びた機械が、おそろしいくらいしっかりと網を巻き取っていく。"船の上は荒れくれ男たちの怒声が飛び交う修羅場"という演歌や映画から刷り込まれたイメージは、どこにもなかった。静かに、手際良く、素早く、流れるように漁師たちは定置網をあげていく。

最初に大きな網の目が見えた。引っかかっているのは、座布団のような大きさのエイだ。次第に網の目が細かくなっていくと、そこに突き刺さった太刀魚の長い体が見えた。海水に濡れて銀色に輝く姿は、まさしく太刀そのもの。刺身、塩焼き、ムニエル、フライ……太刀魚の味の記憶が次々と脳裏をよぎり、腹が鳴る。そういえば起きてからまだ何も食べていなかった。あの太刀魚にかぶりつきたい。

太刀魚はすぐに死んでしまうため、水槽ではなく氷の上へ

魚はすべて最も細かい網のところに追い込まれ、そこからクレーンにつないだ大きな網ですくいとっては、漁船の床に用意された水槽に移される。この日最も多かったのはカマス。ジンタ(豆アジ)やサバ、イカなども続々とあがってくる。

その際、別の網を手にした漁師が、水槽に落ちていく魚の中から、ヒラメや石鯛、ホウボウなどの高級魚だけをピックアップし、別の水槽に入れていく。大衆魚と一緒にしておいてキズモノになったら値が落ちてしまうのだろう。

(上)クレーンで動かす巨大なタモ網で、定置網から魚をすくいとる(右)高級魚以外の魚は、すべて大量の氷を入れた船底の水槽にキープ

ぼくは雨男で、しかも厄年まっ盛りなのだが、海上ではそんなマイナスパワーも無関係らしく、結局、この日の定置網は大漁で、ホッとした。しかし、組合長は「いつもの3倍くらいはあるなあ。困ったもんだ」と嘆いていた。「どうして困るんですか?」「こんなにとれたら、朝市で売りさばけないだろう。日曜だから、余った魚はどこにも出荷できないし、月曜の朝になったら、新しく定置網でとれた魚が市場で競りにかけられる。どうしようもないね」。

なるほど。見学者にとっては迫力たっぷりの大漁風景だったが、漁師にとっては、日曜の朝市向け定置網は、ほどほどにとれるのがベストらしい。

相模湾の魚は年々減る一方だというが、それでもこの迫力!

船が帰港したのは6時30分。そこから漁師たちは定置網の獲物を陸に揚げて、朝市用に選り分けはじめる。朝市を手伝うボランティアスタッフのぼくらはまず、魚を入れるビニール袋を用意するように、という指示を受けた。朝市開始まで、あと2時間しかない。整理券配布を待つ人たちの行列がどんどん長くなり、大磯港はいつもの静かな朝とは違った雰囲気に包まれていた。

活気あふれる朝市の様子は、また来週。

漁のオコボレを狙うカモメ軍団が港まで船を追いかけてきた

朝からのんびりと釣り糸をたれる人も多い大磯港に無事帰還