摘んでも摘んでも終わりそうにない!
第43回で、「あしがら農の会」の茶摘みをすることになった経緯やその仕組みなどをご紹介したが、今週はいよいよ茶摘みスタート。8時に集合し、受付を済ませて実際に摘みはじめたのは、8時30分ごろだった。午前中で終わるだろうと思い込んでいたので、弁当も持って行っていなかったが、実際に摘みはじめてみると、すぐにそれが甘い考えであることがわかった。
茶摘みは新芽の下に指をすべらせ、やわらかな茎ごと摘んでいく。古い茎は簡単に折れないが、若くてやわらかな茎は、軽く引っ張っただけで摘めてしまう。しかし、そんな新芽をいくつか集めて、やっと1g。それを1,000回繰り返して、やっと1kg……想像しただけで目眩がしてきた。手摘み茶が高級品であることは、自分で手摘みを体験すれば、すぐに納得できる。
ぼくは初心者だが、ひとりで参加したので、1区画(長さ6mの畝)を受け持った。そこから6kgの生茶葉を摘み取らなければならないわけだが、1時間もすると、さすがに1区画丸ごとなんて無謀だったかも、と後悔しはじめていた。
近くにいた方に「そんなのんびり摘んでいたら日が暮れちゃいますよ」と笑われたが、それがまったく冗談に聞こえない。なるほどおっしゃるとおり。たしかに全部摘み終わるころには本当に日が暮れているかもしれないけど置いていかないでね、なんてすっかり弱気モード。それでも、先へ進むしかない。
10時30分ごろ、お茶摘みに誘っていた友達のまきさんが、鎌倉方面から駆けつけてくれた。我が陣地のお茶摘みは、労働人口がひとり増えたおかげで、かなりペースアップ。
まきさんに買ってきてもらったおにぎりで昼食休憩をとってから、再び作業開始。お茶摘み作業がようやく終了したのは、結局16時前。それも、とっくにご自分たちの仕事を終えていた周囲の方々が、ご親切にも茶葉を摘んで、ぼくらのコンテナに寄付してくださったおかげだった。みなさん、ありがとうございました。
生茶葉を持ち帰って製茶や天ぷらを楽しむ
コンテナに入れられた生茶葉は、同じ久野地区にある製茶工場へ運ばれる。1度に運び込まれる量は、生茶葉2kg入りコンテナ30個分でおよそ60kg。これがちょうど茶葉を蒸すために釜に入れる時の1回分の最低量となる。
「せっかく無農薬栽培でお茶を作っても、蒸すときの釜でほかの農薬混入茶葉と一緒になってしまっては、まったく意味がありません。だから、自分たちの茶葉だけで釜をすべて使えるように、茶葉を1回に最低60kgずつ持ち込む約束をしているんです」と教えてくれたのは、「あしがら農の会」の笹村出さん。
ぼくが参加した日、茶葉を載せた軽トラックは、茶畑と製茶工場との間を4往復していた。あとで聞いた話では、この日だけで246kg、2日間トータルで500kg近い茶葉が摘まれ、これは「あしがら農の会」にとって過去最高の収穫量だったそうだ。 茶摘みは終わったが、茶畑を去る前に、また生茶葉を摘んで、いくらか持ち帰った。せっかくの生茶葉を使って、試してみたいことがあった。
まずは、セルフ製茶。ラップに包んだ生茶葉を電子レンジで1分間加熱すると、茶葉は自らの水分で蒸される。ラップを開けて冷ましてから、テフロン加工のフライパンにのせて、弱火でじっくり炒ってみた。ときどき指先でつまんでは揉みほぐしていると、だんだん細かくなっていく。
水分が完全に飛び、ほのかに香ばしい匂いが漂ってきて、お茶らしきものが出来上がった。さっそく飲んでみると、香りもコクも薄いが、何だかとても初々しい味がする。おお、これはこれで、おいしいじゃないか。成功。
つづいてもうひとつ、お茶の天ぷらに挑戦。生茶葉の中でもやわらかそうな新芽だけを、小麦粉と卵を水で溶いたコロモをうっすら付けて揚げてみた。頬張った瞬間、お茶の香りが口の中にパァーッと広がって、それはもう……という展開には、残念ながらならなかった。お茶の香りはほとんどなし、ちょっと苦みの強い葉っぱの天ぷらという印象だ。がっかり。
若草色のマイ茶は甘くてさわやかな香り
その後、久野の製茶工場で蒸す、揉む、乾燥させる、といった過程を経て完成したお茶は、2日後の5月9日には、もう笹村さんの家へ運ばれていた。ここで参加グループごとに紙袋に分けられ、遠方からの参加者にもすぐさま発送される。
笹村さんは、専用のアルミパックに茶葉を入れてからアイロンなどで封をして、1年分を 冷凍庫に保存しておくそうだ。脱酸素剤または、その代わりとなる"使い捨てカイロから取り出した粉末を小袋に入れたもの"を一緒にパッキングしておくと、より風味が保たれるという。
ぼくは、いつも豆を購入している大磯の自家焙煎珈琲店ビーンズマートオイコスにご協力をお願いして、このお茶をコーヒー用パックに小分けしてから冷凍保存することにした。ついでに、お茶の名前を書き込めるラベルもいただいた。「細手摘み茶」にしたかったが、娘にウソをついてはいけないと常日頃から教えているので、ここは率直に「太手摘み茶」と命名。
オイコスでのパック詰め作業も終わり、そんな太手摘みのマイ茶を飲む時が、ついにやってきた。ゴクリ、グビグビ……おいしい!
あのセルフ製茶したお茶とは、まるで違う味わいだった。一緒に試飲した家族が、口々に「さわやか! 」「甘い! 」「香りがすごい! 」「苦みもいい感じ! 」などと喜んでくれたのもうれしかった。茶摘みは本当にしんどい作業だったが、おいしいお茶を飲めば、すべて報われるような気がした。いやはや、終わってみれば、何と素晴らしい体験だったのだろう。
今回の茶摘みをとりまとめた「あしがら農の会」の下川宏さんも、こう語っていた。「自分たちで栽培したお茶、農薬も化学肥料も使わないお茶、そんなお茶を緑まぶしい季節に手で摘みとり、1年間に渡って味わえることの素晴らしさを、たくさんの方々に伝えていきたいですね」。
来年は、我が家全員で参加することにしよう。そうすれば、今度こそ午前中で茶摘みが終わって、あとはのんびりお弁当を食べられる……だろうか?