2008年度の米作りがスタート
2007年から何かと関わらせていただいている小田原の稲作集団「永塚キャンデーズ」が、半年間に及ぶ冬眠から目覚めて動きはじめた。キャンディーズ解散30周年とはまったく関係ないようだが、2008年から「永塚キャンデーズ」という名を返上し、以前の「永塚田んぼ団」という名に戻った。2008年は「永塚たんぼ団」にとって9年目の稲作シーズンとなる。細かい下準備はもちろんあるが、みんなで最初に行う作業は、種まきだ。
「永塚田んぼ団」の安藤和夫さんからご案内をいただき、ぼくは4月5日の種まきに参加した。2007年の田植えの際に、苗を栽培する苗代を見学していたので、種まきという言葉を聞いた時は、その同じ場所に種をまいて苗を育てるのだろうと思った。
しかし、意外にも種まきは苗代のような水辺ではなく、山間部の小高い丘の上で行われた。この日集まったのは「永塚田んぼ団」からの8名と、同じく「あしがら農の会」に参加している東京在住グループ「大磯わくわくたんぼ」の若者たち。
種まきのように人手が必要で、施設や道具も共有した方が効率的な場合は、いくつかの田んぼグループが一緒に作業を行うこともある。そうしたコラボができるのも約12グループが参加している「あしがら農の会」ならではなのだろう。
作業場所は、「あしがら農の会」の笹村出さんが提供してくださった、笹村農鶏園のビニールハウス。ハウス内に流れ作業用のテーブルを並べ、1日限りで撤収するのは惜しいような簡易種まき作業所が誕生した。
小さな凹みに小さな種を入れていく
種まきの流れ作業を、順に説明しよう。まず、ビニールハウスの一郭に積まれた土をふるいにかける。この土は山からとってきたもので、事前に鉄板の上に少しずつのせて高温でじっくりと焼き、雑菌を取り除いてある。それをさらにふるいにかけて、雑草や小石などの不純物を取り除きながら細かくする。
次に、その土をセルトレイと呼ばれるシート状の容器に入れる。セルトレイの大きさはタテ約28cm、ヨコ約55cm。そこにタテ12列、ヨコ24列、合計288個の凹みがあり、その中に土が入ることになる。
この凹みひとつにつき、2、3粒の種を置いていく。種とは、もちろん米のこと。前年収穫して籾殻のまま冷暗所に保管しておいた種籾を水に浸けて、種まき当日には、発芽寸前の状態にしてある。
稲作の世界では"積算100度"と言われ、例えば「水温10度なら10日間」「水温5度なら20日間」くらい水に浸けるのが基本。後者のような「低い水温で長い日数」浸けておいた方が、しっかりと強い苗になると考えられているそうだ。
この凹みに種籾を置くプロセスこそ、種まきにおける最大難関的作業。笹村さんによれば、これまではセルトレイ1枚に種籾をまき終えるのに約20分もかかっていたそうだ。
しかし、今回は作業時間を一気に短縮するべく、半自動播種機なるスーパーマシンが導入された。笹村さんが考案したアクリル製の手動播種機を元に、安藤さんが改良したもので、セルトレイの凹みに合わせてポリカーボネート板に開けられた288個の穴は、すべて直径8mm、深さ3.5mmに統一されている。
「種籾2粒がちょうど落ちるように、いろいろと試行錯誤しているうちに、このサイズに辿りついたんですよ」と安藤さん。セルトレイの上にピッタリのせてから、種をのせたアクリル板を前後にスライドさせることで、穴の中に種を落とす仕組みだ。まるで芸術作品のごとき佇まいは、さすが創作家具アーティスト。シンプルで機能的な道具というものは、やはり美しい。
この道具は、笹村さんと安藤さんの頭文字をとって「S&O式播種機288」と名付けられた。
昼食前にセルトレイ100枚分が完了
さて、流れ作業の話に戻るが、そんなすばらしい発明品を使っても「種がひとつも入っていない凹みを発見! 」なんてことは起こり得るので、播種機操作員の次には、セルトレイの凹みを細かくチェックして種を補充するスタッフが待ちかまえている。
そして最後に欠かせないのが、まさにクローザーのような存在の覆土スタッフ。籾殻をドラム缶に入れ、半日かけていぶし焼きにした燻炭を土と混ぜたもので、セルトレイの表面を凹みごとしっかりと覆う。土に燻炭を混ぜることで水はけがよくなるほか、芽が出やすくなる効果もあるそうだ。
10時40分にはじまった「永塚田んぼ団」分の作業は、12時30分に完了。「永塚田んぼ団」だけで100枚のセルトレイを仕上げた。つまり、2万8,800個の凹みに種籾を入れたことになる。
実は「永塚田んぼ団」では、2007年までセルトレイを使わず、苗代にスジまきをしていた。土に穴をあけて種をまくだけなので、その時はラクだが、田植えの前日に苗を集めるのが大変だった。苗代から苗を引き抜くと、根がほかの雑草の根と絡み合っていたりする。それを1本1本取り外したり根を切ったりしながら、苗を100本ずつの束にしていかなければならない。安藤さんは笑いながら「うちの田んぼ団は中高年が多いから、腰にきてつらいんだよね」と言っていた。
その点、セルトレイを利用すると、凹みの底には小さな穴が空いているので、そこから根が出る。しかも根が絡まないので、苗代から取り出す時も、苗を束にする時も手間がかからない。つまりは「種まきで苦労するか、苗とりで苦労するか、どちらかを選びなさい」ということだ。
2007年6月の「はじめての田植えを体験する」でも触れたが、安藤さんたちの田んぼは、土を耕さずに雑草まで利用してしまう不耕起農法にこだわっている。「鳥もかえるも安心して休むことができるような機械音のしない田んぼほどスバラシイものはない」という考え方だ。ゆえに、種をまくのも、セルトレイを苗代に並べるのもすべて手作業で、機械には頼らない。今回はじめて登場した半自動播種機もまた、そんなスタイルを象徴しているように思えた。