地面を覆い尽くす色とりどりの小さな花

地上ではソメイヨシノやシダレザクラなどが春空をバックに咲き誇っているころ、直径1cmほどのかわいらしい花が地表で少しずつ開きはじめる芝桜。桜の一種だと思っている人も多いようだが、5弁からなる花の形が似ているだけで、品種はまったく別のハナシノブ科だ。花の色にはピンク、赤、青、白、紫などがある。

関東地方における開花時期は、3月下旬~4月下旬にかけて。およそ1カ月に渡って咲き続けるのも、芝桜の特徴。その名のとおり、芝生のごとく地面を這うように根を伸ばして増えていく上に、花が咲くとまわりの土も見えなくなり、まさに「見渡す限り芝桜が広がった花のじゅうたん」のような風景を作り出す。

芝桜の名所は全国にいくつもあるが、その中で最も有名なのは、北海道の滝上公園(滝上町)と東藻琴 芝桜公園(大空町)ではないだろうか。それぞれ10万平方メートル、8万平方メートルというスケール。山の斜面や丘陵地をピンク色に染め上げた芝桜はロマンチックな童話の世界に登場しそうな雰囲気で、独特の甘い香りがあたり一面に漂う。ちなみに北海道の芝桜は関東地方よりも1カ月ほど遅れて、5月上旬~6月上旬にかけて開花する。一方、関東地方では、芝桜の丘(埼玉県・秩父市)が有名。武甲山の麓にある羊山丘陵を埋めた芝桜の数は、40万株以上にも達するそうだ。

小川沿いの散歩道が1年で最も賑わう季節

そんな芝桜の春景色を堪能できる場所が、ぼくの暮らす二宮町からそう遠くないところにもある。二宮インターから小田原厚木道路を利用して、車で20分ほど走った伊勢原市上谷地区。のどかな田園風景の中を流れる渋田川の岸辺は、4月上旬から色鮮やかな芝桜に覆われていく。

渋田川をはじめて訪れたのは2006年。その時の満開の風景がこちら

単色だけでなく白と紫、ピンクと白など色が混じった芝桜も多い

もともとは昭和45年(1970年)ごろ、この上谷地区の故鈴木健三さんが、奥多摩からひと株の芝桜を持ち帰り、川縁に植えたのがきっかけ。その後、渋田川沿いに建ち並ぶ家々が、土手の草刈り、株分け、水やりから川の清掃に至るまで力を合わせ、30年近い歳月をかけて芝桜をコツコツと増やしてきた。

現在では、上谷橋の下流およそ600m以上に渡って、芝桜が連なっている。"渋田川河畔の芝桜"は「かながわの花の名所100選」にも選ばれ、県西部では誰もが知る春の風物詩のひとつとなった。毎年開催されている「芝桜まつり」には、10万人を越える花見客が訪れるそうだ。

その「芝桜まつり」、2008年度は4月5日~27日に開催される。ぼくが今回歩いた4月1日の段階では、花はまだ5分咲きといった印象だったが、そのかわりに、ソメイヨシノや菜の花との美しき競演を楽しむことができた。おそらく、芝桜が満開になるころには、ソメイヨシノの花はずいぶん散ってしまっていることだろう。

臨時駐車場にほど近い上谷橋の界隈から歩きはじめよう

「芝桜まつり」の期間中は、臨時駐車場のある上谷橋界隈に露店がいくつか出るほか、川縁に並ぶ家々の庭先でも、野菜や手作りの和菓子、自家製はちみつ、植木などが販売される。もともと農家の多い地区なので、おいしくて安い野菜をお土産に持ち帰るのを楽しみにしている人も多い。

養蜂をしている地元の農家は手作りのレンゲはちみつを販売

岸辺の散策路にはベンチが置かれ、また「芝桜まつり」会場のすぐ下流には、正面に富士山の見える土手もあるので、弁当を持参してのんびりと時間をかけて散策するのがおすすめだ。

欄干のない木の橋、石造りのレトロな橋などが素朴な田園風景を織りなす

渋田川をそのまま下流へ進むと、まもなく桜並木と富士山が登場

地元にも見逃せない芝桜スポットが!

さて伊勢原よりも規模は小さいが、実は二宮町にも、芝桜を見学できる場所がある。それは、二宮町中里の間島さん宅。個人宅の庭の高台が芝桜エリアになっていて、開花シーズンになると庭を一般開放してくれる。庭の"ざる菊"を毎年公開している善波さん宅と同じようなスタイルだ。

個人宅なので、敷地内に入るときは「芝桜を見せてくださーい! 」と声をかけるわけだが、ちょうど庭にいた間島きそ子さんが、芝桜エリアまで案内してくれた。こちらの芝桜も渋田川と同じく、満開になるまでにはあと1週間ほどかかりそうだった。高台に立つと、芝桜の向こうに住宅街や富士山の頂上部分が見える。

間島さん宅の庭の一番高台に広がっている芝桜エリア

「最初に芝桜を植えたのは、今から9年前です。北海道を旅行したときに、芝桜の美しさに魅せられてしまって、ぜひうちの庭でも芝桜を咲かせてみたい、と思ったんですよ」と、間島さん。1年目に植えた芝桜は1,000株だったが、自然に増えたもの、新たに追加したものを含めて、今では6,000株ほどになった。

驚くべきことに、間島さんは何とたったひとりで、これだけの芝桜を育ててきたそうだ。「うちの芝桜は斜面にあるので、大雨が降ったときに株が土と一緒に崩れ落ちてしまうこともあります。自然相手なので、なかなかイメージどおりの風景にはなりません」。

それでも、毎年開花シーズンになると地元の情報誌などに記事が掲載され、町内外から数多くの芝桜ファンが集まってくる。そんな人々から聞こえてくる喜びの声が間島さんの励みになっているのだろう。