地元の海で久しぶりに生わかめに遭遇
二宮町には、かつてふたつの漁場があったが、2007年9月の台風9号によって二宮駅にほど近い漁場は、大きなダメージを受けてしまい、復旧の見通しは立っていない。したがって、以前と変わらない地引網や刺し網、定置網などの漁が今も行われているのは、町の西側に広がる梅沢海岸だけだ。
先日、娘と一緒に梅沢海岸を歩いていたら、夕暮れ時の砂浜で、ひとりのおばさんがわかめを干していた。近寄って話を聞くと、沖合で養殖しているわかめを毎日舟で採ってきて、砂浜に組んだやぐらの竹竿に1枚ずつ干していくのだという。
まだ海水で濡れているわかめが、次々と洗濯ばさみでとめられていく。そのそばに立っているだけで、何ともいえない磯の香りがプーンと漂ってきた。二宮には磯なんてないのに、そこで育ったわかめはどうして磯の香りがするのだろう。不思議だ。
子供のころは、二宮産のわかめやメカブがよく実家の食卓に並んだが、最後がいつなのか思い出せないくらい、もうずっと長い間口にしていない。しかし、わかめを見ているうちに、味の記憶が少しずつよみがえってきた。もう一度食べてみたいと思った。
おばさんに「少しでいいので売っていただけませんか?」とお願いすると、「今日はこれを持っていきなさいよ。おいしかったら今度買いに来てくれればいいから」なんて笑いながら、これから干そうとしていた生のわかめをどっさりくださった。
ありがとうございます。いただきます。生わかめの入ったビニール袋を車に積み込み、家へ向かって走りはじめる。「いい匂いだね。車の中が海になったみたい」と、助手席で娘がつぶやいた。
さっと塩茹でにすると鮮やかな春の色に
あまり広く流通していないので、当然のことながら知る人も少ないのだが、この梅沢海岸の沖合で育てられているわかめやメカブ(わかめの根のあたり)は、本当においしい。昔、うちの家族はみんな今ごろの季節にとれるメカブが大好きで、細かく刻んでから鰹節と醤油をまぜてご飯にかけては、何杯もおかわりしたものだった。
そんな懐かしい日々を思い出しながら、おばさんからいただいてきた生わかめを熱湯にくぐらせ、冷水で軽くしめてみた。生の状態の時はあんなに焦げ茶色だったわかめが、どうしてこれほど美しい若草色に変身するのだろうか……。何だか手品を見せられているような気分になってしまう。まだ冬は終わっていないのに、変身したわかめの色と香りは、まさしく春のようだった。
そのまま大きなわかめ1枚分をざっくりと刻んで、ポン酢をかけてサラダ風に食べてみた。ツルツル、ニュルニュル、シコシコ、プルンプルン。むむむ、おいしい。箸がとまらなくなる。もう1枚、おかわり。
三陸や鳴門のわかめがおいしいのはもちろん知っている。しかし、家からすぐの海岸でとれたばかりのわかめがおいしいのも、また事実。懐かしいわかめを再び口にすることができたのがうれしくて、その夜はわかめの酢の物や味噌汁も作ってもらった。
素干しわかめはパッケージも素敵だ
生わかめがあまりにおいしかったので、しばらくして再び梅沢海岸を訪れた。わかめを干していた場所へ行ってみたが、その日はわかめが1枚も風に揺れていなかった。しかし、すぐ近くの小屋の前で、先日のおばさんが、何やら作業をしているのが見えた。
どうやら、干し上がったわかめを袋に詰めているようだ。生わかめをいただいた御礼を言うと、すぐに思い出してくれた。「あんまりおいしかったので、今度はちゃんと買いに来ました」と、素干しわかめを2袋購入する。
二宮産わかめのパッケージをはじめて見たが、ちょっとレトロなデザインがいい感じだ。"長寿わかめ"というネーミングは、おそらく二宮町のキャッチフレーズ"長寿の里"からきているのだろう。わかめの相場には決して詳しい方ではないが、1袋500円という価格は、国産わかめとしては安いように思える。
小屋の中に座っていたご主人の西山敏夫さんが、「昭和40年(1965年)からずっとわかめの養殖を手がけてきたけれど、今年ほどやわらかくておいしいわかめははじめてですよ」と教えてくれた。二宮産の生わかめを口にできるシーズンはお彼岸の前後まで、メカブは3月末まで、そして一緒に養殖している昆布が最も遅くて5月まで、とか。
ちなみに、昆布は根を残しておけば翌年新しい芽が出てくるが、わかめは1年サイクルなので、毎年ゼロからスタートしなければならない。メカブから出た胞子は養殖筏に着生して、冬眠ならぬ"夏眠"をして水温の高い季節をやりすごす。そして9~10月ごろに発芽し、およそ3カ月かけて成長するそうだ。
この素干しわかめを料理に使う際は、まず水につけて戻すのが基本。あとは生わかめと同じように熱湯にくぐらせれば、同じように美しい若草色となる。素干しわかめの方が、少しだけ味が濃いように感じるのは海辺の太陽と潮風をたっぷりと浴びているからに違いない。