まだまだ知らない町民が多い穴場公園

大磯駅の西方およそ2.5km、住所でいえば大磯町国府本郷。県立城山公園北側の住宅地を通り抜けると、そこから先は幅の狭い農道に沿って、しばらく美しい田園風景が続く。棚田や畑、横穴墓群などを眺めながら、ゆるやかな坂道を登っていくと、やがて左手に門が見えてくる。そこが「万台(ばんだい)こゆるぎの森」の入り口だ。

この森は現在、公園として利用されているが、もともとは昭和34年(1959年)に、マリア会修道会修道院の施設が建てられた場所。およそ2万6,683坪(東京ドーム2個分弱)の広大な敷地に、中心となる修道院と修練院のほか、寄宿舎や洗濯舎、守衛室、自給自足のための家畜舎や畑などが点在し、敬虔なカトリック教徒たちが、この山にこもって修道生活を送っていたという。

中央の広場(現在は駐車場として利用)を挟んで修道院と修練院が左右に建つ

その後、昭和48年(1973年)から24年間に渡って野村証券の社員研修所として利用され、平成15年(2003年)に大磯町へ譲り渡された。大磯町は住民が広く利用できるように手を入れ、平成17年(2005年)から一般開放している。

その時点では、「自然に学び、自然と触れ合える公園」にするべく整備を進める予定だったが、平成19年(2007年)に大磯の町長が変わってしまったため、計画は白紙に。噂によると、とりあえず今春からは町ではなく、どこかの会社が公園の管理をすることになるそうだ。さて、どうなることやら。

山から突き出した2本のシンボルタワー

今回およそ9カ月振りに、この森を訪れてみた。坂道を登り切ったところにある修道院前の広場に車をとめて、あたりをぶらりと散策してみる。

修道院の建物は、セキュリティのためなのか、窓という窓に板が打ち付けられているので、中の様子を伺うことはできない。近くで雑草を抜いていたスタッフに話を聞いてみたら、別の建物のそばにいた時に、板の隙間から信じられないくらい大きなヘビが室内へ入っていくのを見たことがあるという。なるほど、そういえば「イノシシ注意!」「マムシとハチに注意!」なんて看板があちこちに立っている。それくらい自然豊かな森だという証拠だ。

さて、ここにある建築物はどれもデザインが個性的だ。とくにコンクリート3階建ての修道院と修練院は双子のようにそっくりな建物で、広場を挟んで向かい合っている。どちらにも、富士山に面した西側に、屋根よりも高い尖塔がそびえている。不思議な形状のこの尖塔は、約1kmほど離れた小田原厚木道路の大磯インターあたりからも見えるのだが、"森の茂みから突き出したタワー風の人工的物体"は、唐突感というか違和感たっぷり。

小田原厚木道路の大磯インター方面よりふたつの尖塔を望む

昔はもっと森の木々の背が低かったため、尖塔は現在よりもはるかに目立っていた。ぼくも子どものころ、その姿を目にする度に「あの塔は一体何だろう?」と思っていたものだ。尖塔には、ほかのよくある送電塔などとはまったく違った、不思議な存在感があった。

先ほどのスタッフによると「この修道院と修練院の建物は、あのノアの方舟に似せて造られたそうですよ」とのこと。山の上のノアの方舟……万台こゆるぎの森は、さながら大磯のアララト山(大洪水の果てにノアの方舟が流れ着いたとされる現在のトルコ共和国にある山)か。

建物のイメージがノアの方舟ならば、このタワー部分は船首なのだろうか

十字架をあしらった外灯は、おそらく修道院時代の遺物

深い静けさに包まれた"祈りの森"が今もそこに

駐車場のある丘の上から、散策路を歩いて斜面を降りていく。舗装された小径をわざとはずれて雑木林の落ち葉を踏みしめながら進み、子どもへのお土産にどんぐりを拾い、時には地面に座りこんで野鳥の声や竹林のそよぐ音に耳を澄ませる。木々の間から、ほんのり雪の積もった丹 沢の山々や富士山も見えた。

(左)散策路はブロック敷きだったり未舗装だったり
(上)ふと足下を見たら、こんなにたくさんのどんぐりが!

研修所時代に使われていたのか、テニスコートが10面以上も残っている。もったいないことに、どのコートもすっかり表面が苔むしていた。かつて牛舎だったという建物は閉鎖中。その隣りにある赤い屋根の建物は、修道院時代には管理棟、研修所時代にはテニスコートのクラブハウスとして活躍し、現在でもトイレ完備の休憩所として利用されている。すっきり美しいデザインの建物なのに、汚らしい落書きがあるのが腹立たしい。

かつての牛舎と赤い屋根の休憩所。飲み水がないので必ずドリンクを持参するべし

森の中に合計10面以上のテニスコートが点在している

森歩きを終えて、修道院へ戻った。建物のすぐ脇には、照明灯ひとつない、しかし野球の練習をするには十分な土のグラウンドがある。週末になると、地元の小学生チームや社会人チームが賑やかに練習をしているが、平日はほとんど誰もいない。

ぼくはこのグラウンドを横切り、最も南端にある土手から海を眺めるのが気に入っている。眼下に広がる森と畑、そして遠くに見えるのは、大磯の名を全国に知らしめた某リゾートホテル、真鶴半島や伊豆半島の影に縁取られながら輝く相模湾。西に目を向ければ、二宮の町や箱根の山々なども一望できる。

土手から眺めた海。右側が真鶴半島、左隅にうっすらと初島の影が見える

今回はじめて気付いたが、このとっておきの場所のまわりに連なっている木々は、桜ばかり。海景色だけでなく花景色までも楽しめるとは、何と素晴らしいことか。次回はぜひお弁当を持って、桜の季節に訪れてみよう。