住宅地に隠れた銘木あり

門の外からこの光景を目にして、フラリ立ち寄る人も多数

湘南番外地の大長老、おそらく100歳前後というトキワマンサクの木に会えるのは、二宮町のとある閑静な住宅地にある田原さん宅。

1969年(昭和44年)、田原さんが家を新築する際に、裏の畑にポツンと生えていたトキワマンサクを、日当たりのよい南向きの場所に移してあげたところ、冬でも温暖な気候の中でスクスクと育ち、今や株張り約8m、高さ約6mという立派な姿になった。

「3人の子供の成長を一緒に見守ってきてくれたトキワマンサクは、家族の一員のようなものです。昔、トキワマンサクの前で幼い息子たちを撮った写真が残っているんですが、ちょうど同じような年ごろになった孫たちが、木の下に立っているのを見ると、ああ長い年月が経ったんだなあ、と感慨深いものがありますね」と、奥様の昭子さんは語る。

もともとは中国南部やインドに分布する樹木で、国内においては静岡県湖西市、三重県の伊勢神宮、熊本県荒尾市などに自生しており、中でも湖西市の群生地は、静岡県の天然記念物に指定されている。関東では、都内の小石川植物園や神代植物公園へ行けば見られるが、静岡よりも北方に、しかも一般家庭に、この木があるのは極めて稀なことらしい。

トキワマンサクは、その名のとおり、マンサク科に属するが、黄色い花をつけるマンサクが落葉樹であるのに対して、こちらは冬場でも常緑。それゆえ「常緑=常磐」から、常磐満作という名前が付けられたそうだ。赤い花を咲かせるベニバナトキワマンサクという仲間は、低木なので生け垣に利用されることが多い。

花をつけるのは桜が散るころ

ぼくは数年前から、トキワマンサクの咲く季節になると、田原さん宅を訪れるのが習慣になっている。この木が一年のうちで最も美しい表情を見せるのは、4月の中旬から下旬にかけて。奥様の昭子さんいわく、その時期の目安は「満開になった桜が散りはじめたころ」。今年は暖冬の影響なのか、例年よりも早く、4月上旬から咲きはじめた。

開花シーズン中は夜間にライトアップを行うこともある

この木の正式な学名は「Loropetalum chinense(ロロペタラム・シネンセ)」というそうだが、ロロペタラム(革紐のような花弁)という言葉どおり、その花は細い革紐を束ねたフリンジのような形をしている。色はほんのり薄黄緑、香りはほとんどない。

地面スレスレまで垂れ下がった枝は、次第に無数の小さな花に彩られてゆき、やがて満開の時期を迎えると、薄黄緑色に染まった樹木全体が、ゆらりゆらりと風に揺れる。

その幻想的な情景にカメラを向けながら、いつもしみじみ思う。威風堂々、悠々と佇む樹齢100年の巨木と対峙した時に、ちっぽけなレンズで写しとれるものなんて、果たしてあるのだろうか、と。

淡黄緑色の可憐な花が地面を埋め尽くす散り際もまた美しい

1年ぶりの再会を楽しむ人々

トキワマンサクの成長は、まだ終わっていないらしい。「ここ5、6年で、また急に大きくなったんですよ」と、昭子さん。大きくなれば当然、花の数も増えるわけで、最近では散った花を集めると、一番大きなゴミ袋6つ分くらいの量になるそうだ。

それでも、枝を剪定するようなことはしない。トキワマンサクの自然な成長にまかせている。「15、6年前に一度だけ、植木屋さんに枝を剪定してもらったことがあるんですけど、その翌年、ツンツンした新芽が妙に目立って、樹形が変わってしまったんです。だから、それ以来、ハサミは一切入れていませんね」。

ぼくと同じように、毎年、開花シーズンになるとトキワマンサクと再会するためにやってくる人は、たくさんいる。東京方面からわざわざ足を運んでくる方も珍しくない。

「お庭に入って、近くで見せてもらってもいいですか」と聞かれれば、どうぞ、と笑顔で迎え入れるのが昭子さんの流儀。「横浜のカルチャーセンターか何かの先生が、このあたりをハイキングしている途中で、30名ほどの生徒さんを引き連れて見学にいらっしゃった時は、さすがに驚きましたけど」。

今回の写真を撮った日も、美しく手入れされた庭の一郭に置かれたテーブルで、8人ほどの女性グループがお花見ランチを楽しんでいた。毎年、お弁当を持参して訪ねてくるという。

その中の何人かが、トキワマンサクの幹を囲み、「また大きくなったような気がするわね」などと言葉を交わしていた。1年ぶりに会った親戚の子供と接するかのように、懐かしそうな、うれしそうな笑顔を浮かべて。

1本の木が、人を呼びよせる。美しい花に、人が集まる。それはきっと、とても素敵なことだ。

トキワマンサクの木陰でくつろげるベンチや庭のアーチは、すべてご主人の手作り