6月の田植えから早くも半年が経って

本コラムの第9回「はじめての田植えを体験する」でも紹介したとおり、小田原市永塚の田んぼに一家で繰り出して、泥まみれになりながら人生初の田植えを楽しんだのは、6月のこと。創作家具作家の安藤和夫さんをリーダーとする田んぼ団「永塚キャンデーズ」の一員に加えてもらい、晴れ渡った空の下で楽しいひとときを過ごした。

その後も子どもを連れて、何度か永塚の田んぼをのぞきに行った。カエルやタニシ、トンボなどを捕まえて遊んだりしながら、農薬を一切使わず、しかも土を耕さない"不耕起農法"の田んぼが、どれほど自然環境に近いものであるかをあらためて感じた。

そして収穫の秋。9月下旬から10月上旬にかけて、また大勢の「永塚キャンデーズ」メンバーが集まり、自分たちの植えた稲を刈り取った。ぼくは仕事で参加できなかったが、今シーズンは、うるち米「イセヒカリ(約290kg)」のほか、黒米「朝紫(約181kg)」や古代赤米「神丹穂(少々)」などが順調に収穫できたそうだ。

刈り取った稲は根元を束ねて、天日干しにするために次々と「はざかけ」にされる。はざかけの"はざ"とは、稲を刈り取った後の田んぼに竹や木材、鉄パイプなどで組み上げる稲干し台のこと。稲の束をこのはざに刺すように並べていけば、はざかけのでき上がりだが、刈り入れの時期はまだ台風シーズンゆえ、しっかりとしたはざを組まないと倒れてしまうそうだ。

近代農業では乾燥機で稲を干すのが一般的らしいが、永塚の田んぼは、もちろんはざかけによる天日干しにこだわった

田植えの苦労が報われる黒米の味わい

思い返せば田植えの日に「永塚キャンデーズ」のメンバーズカードをもらった際、「今後は雑草抜きや脱穀などの農作業に1度参加する度に"1キャンデー"がもらえて、それを集めると秋にお米と交換できます」と説明を受けていた。はざかけや脱穀が終わった11月になり、今シーズンの永塚田んぼに関わったメンバーたちに分配される米の量が決定され、我が家は3キャンデー分(=3合分)の黒米「朝紫」をいただいた。

分け前の黒米を手にすると、楽しかった田植えの風景が脳裏に蘇ってくる

白米2、黒米1の割合で炊いたご飯は、ご覧のような独特の色合いに

5歳の娘が瞳を輝かせながら「わたしが植えたのがお米になったんだよね、食べてみたいな」と言うので、さっそく炊いてみた。ふつうは「白米1合に黒米大さじ1杯」程度でいいらしいが、これは白米を赤飯のように赤く染めるべく黒米を加えているようなもの。もっとしっかり黒米そのものを味わいたいので、「米2合に黒米1合」という贅沢なブレンドにしてみた。

炊飯器のスイッチが上がったのでフタを開けると、淡い紫色に染まったご飯から、ほんのり甘い湯気がプーンと立ちのぼった。ご飯茶碗についで口に入れると、食感はモチモチしていて、舌の上で時折プチプチと黒米が弾ける。深い滋味があるので、おかずは不要。黒ごまや塩を少々振りかけて、あるいは海苔と共に頬張るだけでも十分おいしい。

娘はあっという間にご飯をお代わりして、「今度はいつ田植えやるの?」なんて気の早いことを言っている。まったく、誰に似たのやら。

そば粒オーナー企画の感動的クライマックス

2007年にはじめて関わらせてもらった、もうひとつの農業プロジェクトが「そば粒オーナー制度」。これも本コラム第23回「手打ちそばを夢見て、そば粒オーナーになる」にて紹介したが、「ひだまり屋」主宰者の海老澤昌宏さんを中心とするそば好きグループが、8月にそばの種をまくことからスタート。最終的には、自ら栽培したそばを使ったおいしい手打ちそばを食べよう、というロマンあふれる企画だった。

こちらの刈り取り作業は10月下旬の2日間。またしても仕事で沖縄出張中だったぼくは、南の島からせっせと応援テレパシーを送ったのだが、それが届いたという報告は残念ながらまるでなかった。海老澤さんたちは実の熟したそばを刈り取ってからしばらく天日で干し、足踏み脱穀機で脱粒させた後で、ひとつひとつ実を手作業で選り分けたそうだ。そば用に製粉するまでには、さらに網目の異なるふるいに何度もかけて小石やゴミを取り除く作業などがいくつも待っている。

そんなわけで、ぼくはかなり役立たずのそば粒オーナーだったのだが、それでも心の広い海老澤さんは「プロに打ってもらって、おいしいそばを食べましょう!」と誘ってくれた。オーナーたちの夢が結実する瞬間に立ち会わせてもらえるとは、ありがたき幸福。しかも、そばを打ってくれるのが、開店1年ながら数多くのそば好きを虜にしている秦野市の「手打ち蕎麦 くりはら」とあれば、万難を排して行くべし。

11月下旬の夜、貸し切りの「くりはら」にそば粒オーナーが続々と集合。海老澤さんが製粉してきたそば粉1.5kg(約15人前)を、「くりはら」ご主人の栗原孝司さんが鮮やかなそば打ちの技を披露しながら、見るからに美しい二八そばにしてくれた。

最初は全体に水分が行き渡るように水回しを丁寧にするのがコツだとか

茹でたてがざるに盛られてテーブルへ運ばれてくると、「おお!」「ついに来たあ~!」と歓声が上がる。「ついに」と口にした人は、もしかしたら8月の種まきを思い出していたのかもしれないなあ、なんて思っていたら、すかさず次の歓声が聞こえてきた。「うまい!」「すごい!」と、店内のあちこちから。

たしかにコシがあって喉越しもいい。甘い。香ばしい。なによりも、おいしい。灼熱の真夏に畑を耕し、手間暇かけて雑草を抜いたオーナーたちの愛情が詰まったそば粉が、栗原さんのおかげで素晴らしいそばとなった。

おそらくこの企画を立てた海老澤さん本人も、そこまでのそばを口にできるとは想像していなかったのではないだろうか。それは、ちょっとした奇跡が起きた夜だった。

香り高いマイそばで年越しそばを打つのが楽しみというオーナーもいるそうな