このごろよく耳にする"ざる菊"とは
自分の住んでいる町の特産品や名所のことを知らないと、恥をかくことがある。「二宮町の"あのざる菊"は見事ですよねえ」と言われたことが過去に何度かあったのに、調べないままずっと放置していた。先日、地元のとあるご老人に「今年はもうざる菊を見ましたか? 」と聞かれたので、「実はよく知らないんです」と答えたら、「せっかく二宮に住んでいるのに、もったいない」と笑われてしまった。
そもそも、ざる菊とはどのような植物なのだろう。このご老人から聞いた話を総合すると、ざるのような形に生えている菊のことらしいのだが……。さっそくインターネットで調べてみると、ツツジの茂みのような形をした植物の写真が出てきた。なるほど、たしかにざると言われればざるに見える。ドームやUFOにも似ていると思ったら、実際にドーム菊とも呼ばれているらしい。
ぼくが調べたことを要約すると、ざる菊は「直径150cm、高さ50cmほどの丸いざるを伏せたような株を形成する菊。ひとつの株に4000個前後の小さな花が咲く。開花時期は11月上旬から下旬にかけて。花の色は白、黄、赤、オレンジなどさまざま」ということになる。
今後誰かに「もうざる菊を見ましたか? 」と聞かれた時に、「ええもちろん見ましたとも! 」と答えることができるように、今シーズンこそは自分の目でざる菊を見てみることにしよう。
想像以上の迫力、不思議な景色に驚く
「二宮町のあのざる菊」とは、川匂(かわわ)地区にある善波保雄さんのお宅で咲いているざる菊のこと。ざる菊の開花シーズンには、その畑を見学者に無料開放しているそうだ。近くを車で通ったことがあり、善波さんの家の位置は何となく知っていた。
案内板に導かれて善波家の庭へ入り、納屋を通り抜けて裏の畑へ。すると秋とは思えない緑鮮やかな竹林を背景に、あたり一面に広がったざる菊がいきなり視界に飛び込んできた。何しろひとつの株が我が家のリビングにある円卓のごとき大きさなので、それが連なった景色はまさに異次元世界、想像以上の迫力だ。
ざる菊はつぼみが黄色なのに、開花時には白い花をつける。そして時間の経過とともに、白から薄いピンク色、濃いピンク色(これを紫色と呼ぶ人もいる)へと変化していくため、ざる菊ファンはシーズン中に何度も足を運び、その色の微妙な移ろいを楽しむのだという。
5年前に栽培をはじめたという善波さんにお話をお伺いすることができた。「知人からもらった株からとった挿し芽で、30株ほど植えてみたのがはじまりでした。昔うちは酪農をやっていて、この畑は牛たちの運動場だったんです。水はけがよい上に牛の糞尿で土が肥えていて、ざる菊の栽培にはちょうどいいんですよ」。
ざる菊は花が終わると、枯れた株をすべて地面から抜いて更地にする。つまり、毎年ゼロから育てなければならない。「5月上旬にほかの場所に植えた株から、1株につき30本の挿し芽をとります。それを1カ月ほど砂地にさしておくと根が生えてきますので、6月になったら、この畑に植えていくんです」。
ざる菊を育てる上で最も大変なのは、害虫や病気、雑草との闘いなのだそう。「1日たりとも油断できないので手入れは大変ですが、毎年来ていただいているみなさんの喜ぶ顔を見ると、またがんばろうと思うんです」と善波さん。今シーズンの株数は約280坪の畑におよそ390株。これまでで最多の株数だという。
来年は挿し芽を入手して栽培に挑戦だ
中井町の中央公園、南足柄市のあしがらユートピアなど、ざる菊が楽しめる場所は県西部に着々と増えている。小田原エリアで最も有名なのは、約10年前から庭園のざる菊を公開している久野地区の鈴木さん宅。こちらは地面に植えた株のほかに、ひとつずつ鉢に植えた株もあり、屋敷の玄関から裏庭までぐるりと囲んだざる菊の数は、約800株にも達するそうだ。
いまや県外からわざわざやってくる見学者も多く、その数は1日5,000人以上とも言われている。近くのバス停はもともと「小田原斎場」という名称だったが、「"ざる菊の家"へ行くにはどの停留所で降りたらいいのか」という問い合わせがバス会社に毎年たくさん寄せられるため、ついには5年前、「ざる菊園前」というバス停名に変わってしまったそうな。
どこのざる菊も見ごろは11月末までつづく。善波家のざる菊は、何年にも渡ってレポートしている高木信幸さん(二宮町在住)のウェブサイト「素晴らしい町二宮」に数多くの写真が掲載されているので、ぜひご覧あれ。
また「ざる菊を自分の家に植えたい! 」という声に応えて、善波さんのところでは、翌年植えるための挿し芽(白、赤、黄、ピンクの4種類、1本100円をざる菊公開期間中に限って予約販売している。2008年の挿し芽の受け渡しは、6月1~7日なので、予約を済ませた人たちは「それではまた6月にお会いしましょう! 」と帰っていく。
そののんびりした時間の感覚が、ゆるやかな約束が、何だかうらやましく思えて、ぼくも白い花の挿し芽を3本だけ予約した。来年6月に善波さんのところに来るということは、ざる菊畑づくり"最初の一歩"を目にすることができるわけで、それも楽しみだ。