こんにちは。今回よりこのコラム担当する塩谷です。よろしくお願いします。

まずは少々自己紹介をさせていただくと、これまで20年ほど、旅行ライター兼カメラマンとして国内外を旅してきました。訪れた国は50カ国以上、最も長い旅は2年間、最も遠い場所は南極。ラテン系の国々が大好きで「メキシコ・中米のけぞり旅行記」なんて本を出したこともあります。現在住んでいるのは、神奈川県中郡二宮町。このコラムの主な舞台となる町です。

湘南"番外地"とは

神奈川県の二宮町。と口にしても、「ああ二宮ね」とわかってくれる人は多くない。ゆえに「大磯の隣りです」と言い換えることが多いのだが、それでも「ああ大磯の」と頷く人は、ふたりにひとりくらい。

ここからがタイヘンで、「平塚と小田原の間」、「鎌倉よりもかなり西の方だけど箱根よりもやや手前」なんてふうに、ドンドンくどい説明になっていく。はやく当ててくれい、と願いながらナゾナゾのヒントを出しつづけているような気分。

この説明のタイヘンな町を中心に、それこそ大磯や小田原まで含めたエリアをぼくは勝手に"湘南番外地"と呼んでいる。番外地という言葉は、「住所の地番がない土地」が本来の意味。しかし、ぼくとしては「湘南のはずれにあるけど、いわゆる葉山逗子江ノ島的な湘南とは、まったく違った魅力を持つエリア」みたいなニュアンスで使っている。あの高倉健の主演映画『網走番外地』の"バンガイチ"という音の響きが、子供のころからなぜか好きだった、という理由もこっそり付け足しておこう。

このコラムでは、海と山に囲まれた湘南番外地でのスローな生活、そこで暮らすおもしろい人々、四季折々のおいしい食べ物などを少しずつ紹介していこうと思う。「東京から電車で1時間ちょっとなのに、そんなふうにゆったりと田舎暮らしを楽しめる場所があるのか!」と驚いていただければ、うれしいかぎり。 

二宮町のシンボル「吾妻山」

石段を上りきったご褒美は、江ノ島や三浦半島まで見渡せる絶景なり

と、第1回ゆえにご挨拶がてらの前置きが長くなったが、最初に紹介するのは二宮町の中心部にそびえる吾妻山。そびえる、とはいっても、標高わずか136.2m。富士山が3,776mだから、およそ28分の1だ。この数字に何か意味があるとは、とても思えないけど。

作家の村上春樹氏は、かつて大磯町に居を構えた際に、「海の近くにまで山のせまった地形が、生まれ故郷の神戸に似ている」と言っていたらしい。そういう意味では二宮町もまったく同じで、海岸線のすぐそばまで吾妻山がせり出していて、その山と海の間に挟まれるように、駅や商店街がある。釣りもやりたいし、山菜も採りたいという欲張りな人、つまりぼくのようなタイプの人間にとっては、たまらない自然環境なのだ。

吾妻山には小さな動物園や全長102mの滑り台、アスレチック施設などが点在し、公園として整備されている。二宮駅の北口から吾妻山公園の入り口までは、坂道を歩いて約5分。ここから一気に山を登っていく、名物階段がはじまる。最後には太ももがブルブルしてしまうこの階段、ざっと数えてみたことがあるが、283段もあった。東京タワーの外階段が約600段だから、段数はおよそ2分の1弱ということか……いかん、また無意味な計算をしてしまった。

とは言っても、この急階段を含めても、山頂まではゆっくり歩いて30分前後の道のり。メタボリックでお悩みの方にもおすすめの、ちょうどいい運動ではないだろうか。

二宮町役場の前にある公園入り口から延々とつづく名物石段

「関東の富士見100景」に選ばれる吾妻山の景色

さて、そんな吾妻山が、ここ何年か連続してテレビのニュースや新聞などに登場している。なぜか? 産業廃棄物でも不法投棄されているのか? 新たなるオリンピック誘致計画か?

いやいや、そうではない。実はこの吾妻山、いまや関東有数の"菜の花どころ"として名を馳せている。山頂の斜面に菜の花が咲き誇るのは、12月から2月にかけて。週末になると首都圏各地からハイカーたちが集まってきて、ふだんは閑静な山が大賑わいとなる。

この吾妻山人気は年を追うごとに拍車がかかり、某公共放送局は朝のニュースで紹介した上に、後日あらためてヘリコプターを飛ばして、山頂の空撮生中継まで行っていた。もしやディレクターはこの"番外地"出身なのか、なんて疑ってしまうほどの熱の入れようだった。

その影響もあってか、2月中旬に開催された「菜の花まつり」には、2日間で3万2,000人が訪れたそうな。この数字、二宮町の人口(3月1日の時点で2万9,890人)を軽く越えてしまっている。びっくり。

そんな菜の花シーズンも終わり、3月下旬からは山頂の桜が花をつけはじめた。いつもはその時期に必ず家族と山へ行っていたが、今年は諸々の都合で出遅れ、この前の日曜日(4月8日)にやっと山頂へ。半分くらい葉桜になった木々の下で、持ってきた弁当を広げた。春霞にうっすらと浮かび上がった富士山を背景に、風に吹かれて白い花びらがヒラヒラと芝生の上に舞い落ちる。

国土交通省の「関東の富士見100景」にも選ばれている山頂からの景色は、まさに番外地の宝物。北に丹沢の山々、南に相模湾と大島。東は江ノ島、晴れた日には三浦半島の向こうに房総半島も見える。西には箱根、真鶴半島、初島、伊豆半島、そして富士山。石造りの展望台に立つと、森に遮られた部分もあるから実際には300度くらいなのかもしれないが、気分的には360度の一大パノラマを楽しんでいるようだ。

それにしても、今シーズン最後のお花見チャンスだというのに、お酒を持ち込んでいるグループは、わずか数組しかいなかった。登るときは重いアルコール類を抱えなければならないし、下るときは千鳥足だろうし……と、あの急階段を歩く自分を想像すると、「やっぱり頂上でお酒を飲むのはやめておこう」という結論に達してしまうのかもしれない。

しかし、せっかく身近にこれほどの絶景地があるのだから、体力のあるうちに一度くらいは体験してみたいものだ。満開の桜の下で、富士見酒をクイッと。

頂上で遊ぶ前に、すぐ下にある吾妻神社で、まずはお参りを

桜の木が点在する頂上の芝生広場。展望台にふたつ設置された望遠鏡が無料なのも番外地ならでは