近年、なにかと話題の「SDGs(エスディージーズ)」。山形・庄内には「持続可能な社会」に向けて活動する企業や若者たちがたくさんいます。この連載では、そんな庄内での暮らしに夢を持って、あえて地方で働くことを選んだ若手社会人を取材。SDGsに取り組む企業で働く人たちの活躍をお伝えしていきます。
連載4回目に紹介するのは、庄内で最も北に位置する飽海郡遊佐町から織物の魅力を世界に届ける藤川かん奈さんと阿部優美さん。合同会社Orioriで「反物」(着物になる前の織物)を新たな製品として再生する活動をされています。
Vol.4 合同会社Oriori代表/藤川かん奈さん・プランナー阿部優美さん
藤川かん奈さん/大恋愛をきっかけに山形県・遊佐町へ移住
現在、合同会社Orioriの代表として、ブランドプロデュースを行うかん奈さんは京都府出身。そんな彼女が遊佐町に移住を決意したのは、イベント講師として山形・庄内を訪れた際、知り合った知人と大恋愛をしたことがきっかけでした。
「遊佐町の西浜のコテージへは彼と遊ぶために来たことがあり、親しみのある町だったので、移住を決意してから2週間で遊佐町に住むことを決めました」
調べていくと「地域おこし協力隊(※1)」という国の制度があることを知り、遊佐町での募集に応募。2015年12月に面接、その翌年度から隊員として入隊しました。地域おこし協力隊では地域資源を活用したイベントや、空きテナントを活用した地域コミュニティづくりに取り組んできました。
Orioriの原点となったイタリア・シチリア島での出会い
そんな経緯で、地域おこし協力隊として順調に活動を行っていたものの、3年という任期を目の前に悩んでいたのが、次のキャリア。大学時代に20カ国を旅して、その中でもワインと料理のおいしいイタリアが大好きだったかん奈さんは、あるとき「シチリア島で日本のB級グルメのお店を開きたい!」と思い立ちました。
早速イタリア・シチリア島へ旅立ち、現地で情報収集をしていたところ、滞在先のホストファミリーからフォトグラファ―のジュゼッペ・ラ・スパーダさんを紹介されます。彼は世界中で水の大切さを子どもたちに伝える活動を続けており、かん奈さんは彼の作品が並ぶ展示会でその作品が放つ強いメッセージに揺さぶられました。
「ジュゼッペの作品は本当に美しく、地球規模のメッセージがあります。作品を見た瞬間もそうですが、彼の作品の持つ意味を聞いた後に再度見てみると、さらに胸に響いてくるものがあるんです。そんな彼の作品を見て、私も地球規模で何かしてみたいと思うようになりました」
そんなジュゼッペさんから「僕の夢は着物を着た日本人が海に飛び込んだ写真を撮ることなんだ」とポロっと打ち明けられたかん奈さん。
その時は「I hope.(叶うといいね)」とだけ伝えていましたが、その日の夜、一緒に参加したホームパーティーで、彼からこんなお願いが。
「今日、僕が話した夢を覚えている? 3カ月後にもう一度モデルとしてシチリアに来て、着物を着て海に飛び込んでくれないか?」
京都で育ったかん奈さんにとって、着物はもともと自分で着れるほど身近な存在。そんな着物を着てシチリア海に飛び込むなんて、夢にも思いませんでしたが、彼が本気だとわかり、「やるしかない!」と決意したのだそうです。
「彼と一緒にプロジェクトをしたり、一緒の時間を少しでも多く過ごしたりすることで、次のキャリアが開ける気がしました」
日本で撮影用の着物を探していると、遊佐町で着付けの先生をしていたユミさんが振袖を譲ってくれることになり、3カ月後には彼女と共に再度シチリアに向かったかん奈さん。現地で撮影した作品は高い評価を受け、セレブが集うレセプションパーティーにも振袖を着て参加したところ、会場に入った瞬間、集まっていた多くの人から歓声が上がりました。
「これはどこで買えるの?」「ウェブサイトはあるの?」とあっという間に注目の的となった2人。かん奈さんに同行したユミさんが「50年も着物に携わってきたけど、こんなに着物が尊敬されている光景を見たのは初めて」と涙を流した姿を見て、日本の織物の価値をより多くの人に知ってもらいたい、そう思うようになったといいます。
かん奈さんは帰国後、ユミさんの家の蔵に50~100年以上前の着物の生地「反物」が残されていることを知ります。
「すごくモダンでおしゃれ、ファブリックパネルにしてインテリアとして飾ったら絶対にかわいい!」
そう思ったかん奈さんは、試作品づくりに没頭。それらの試作品をイタリアへ持っていくと、営業で回ったお店から「生産ラインが整ったらまたサンプルを送ってほしい」と言われるほど、人気を博しました。
「これはいける」ビジネスとしての自信が確信に変わり、2019年4月に設立したのが、海外向けに反物を使った製品販売を想定した「合同会社Oriori」だったのです。
Orioriの使命は「使われずに眠る反物を新たな製品として再生すること」
「合同会社Oriori」では、もともと反物を使ったスカーフとストールを制作していましたが、現在は主にアクセサリーや小物類の販売を行っています。
中でも人気を集めているのが「SDGsブローチ」。「米織(よねおり)」という山形県の伝統的な織物の残糸を巻き付けて作ったブローチで、SNSで話題になったことをきっかけに、発売開始2カ月で500個が売れました。
多くの人に求められるようになったOrioriの製品。もっと多くの作品を制作・販売していくこともできそうですが、「古い反物が手に入らなくなったら、織物事業は終了する」と決めているそうです。
「人気の柄の儲かる製品をたくさん作りたいわけではなく、眠っていた反物を活かして製品を作り続けることを大切にしています。ですから、人気の柄であっても、その反物(生地)がなくなれば、販売は終了。自社サイトにもそれぞれの商品に「この柄の商品はあと●m分しか作れません」と表示するようにしています」
「誰でも、何にでもなれる」を次世代へ
「私はデザイナーでもない。ファッション系のことをやってきたわけでもなかった。そんな何者でもなかった私でも、一歩を踏み出すことで、協力してくれる人がいました。そして、着物を着てシチリアのパーティに行ったことで、海外の人に喜んでもらえて、シンデレラのような気持ちにさせてもらいました」
日本の織物は質が高くて丈夫で、何にでもなれる原石……。そんな風に、自分のやりたいことを肯定して、思いを大事にして選択して生きていくことで「誰でも、何にでもなれる」というメッセージを発信し続けていきたいと、かん奈さんは考えています。
そんな思いでOrioriが展開している活動の一つに教育事業があります。遊佐高校の魅力化コーディネーターとして、県外の高校生たちに町や高校の魅力を発信しているのです。活動も3年目となった今では、首都圏などから7名の学生が遊佐高校に入学を決めたというから驚きです。
「『Oriori』というブランド名は、織物からはじまった事業であること、海外でも展開を予定していたことから日本特有の四季折々を伝えたいという意味合いをこめて名付けました。Orioriの活動で、大学生や高校生たちに自分たちの後ろ姿を見せていくことで、人の思いも折り重なっていくように『善くいきる人を増やしたい』。そして、それはどこでも、いつからでも大丈夫なんだよってことを伝えていきたいです」
「私たちよりもっと若い世代である大学生と一緒に、庄内を『ぜひ行ってみたい!』と思ってもらえるような場所にしたいと考えています。そんな私たちの後ろ姿を見て、県内外の高校生もここ庄内に来たいって思ってくれたらいいな」
阿部優美さん/Orioriのプランナーとして地元・山形へUターン
そうしたかん奈さんの人柄や思いに惹かれて、2020年4月、山形県・庄内町出身の阿部優美さんがOrioriに加わりました。
大学在学中に一度は上京を決意し、ブライダル会社に内定をもらうものの、都内での研修中に都心での仕事に違和感を覚え内定を辞退。その後、地元山形での働き方を模索していたところ、Orioriのインターン募集を見つけたといいます。
「この人と一緒にいたら何か新しいキャリアを切り開いていけるんじゃないか」
かん奈さんと出会ったとき、かん奈さんがジュゼッペさんに出会ったときと似た感覚をおぼえたそう。
「都内で研修を受けているとき、東京で会社員として仕事をしていても、余白なく考えたいことが考えられない時間が続きそうな気がしていました……逆にかん奈さんを見ていると、仕事と暮らしの境界線がなく遊ぶように楽しく仕事している大人だなという感覚があって精神的な豊さがあると感じたのです」
今では、かん奈さんが決めた方向性に対して、商品を企画したり、販売戦略やキャンペーンを考えて実行したりすることで、会社に貢献している優美さん。
コロナ禍で海外のポップストアでの直接販売が難しい中、シルクマスクなどの商品企画を進めたり、オンラインでの販路を作って広めたりと、大活躍されています。
「かん奈さんのすごい部分は爆速で0から1を作れるところ。それを誰でもわかるようにして、届けるべき人に届くようにしていくことが私の仕事です」
取材後記
周囲にいる人の期待に応えようと使命感に駆られ、これまで期待されるものを形にしてきたかん奈さん。本気で何かをしようという時の覚悟は人を動かしていくのだと思います。 2020年にはプランナーとして優美さんも加わり、チャレンジを続けるOrioriさんに影響されるように、ここ遊佐町で新たに店舗をはじめる人が増え始めていると聞きました。
Orioriの製品にのったストーリーが世界に発信されるように、その期待が町や人にも伝わり、未来の子どもたちが暮らしたくなるような山形・庄内がこの先近い将来やってくると、僕も期待してます。
そんなOrioriさん、次は何を仕掛けていくのでしょうか。楽しみですね!
※1……地域おこし協力隊とは、国の制度で都市部から過疎地域に移住を希望する方に、移住の際に必要な仕事・家・自動車を国で援助してもらいながら、地域活動を行っていく総務省の制度。多くは3年間の任期で活動を行う。
写真提供:Oriori
著者プロフィール:伊藤秀和
1984年神奈川横浜市出身。2018年5月に三川町地域おこし協力隊として妻と2人の子どもと一緒に山形県庄内地方に移住。WEBライターとして外部メディア寄稿経験多数、ローカルメディア「家族4人、山形暮らしはじめました。」運営。