『このマンガがすごい!』オンナ編1位や講談社漫画賞(少女漫画部門)を獲得するなど、多くの人が注目&愛読しているマンガ『俺物語!!』。基本的には高校生が主人公の恋愛ラブコメなのですが、この主人公というのが身長2メートル近くある大男。どちらかというとブサメンで超人的な身体能力を持っており、アレ? これって少年マンガだったっけ?と思うような、見ごたえのあるアクションシーンも出てきます。つまり、少女マンガとしてはかなりの変化球、でも、だからこそ面白い作品です。
『俺物語!!』(c)アルコ・河原和音/集英社 |
主人公「猛男」がヒロイン「大和」を痴漢から救ったことがきっかけで交際に発展するも、お互いあまりに奥手すぎて、キスするのかしないのか!?といった展開になっており、ふたりの幼い恋愛にヤキモキしたりきゅんきゅんしたり。主人公の男臭さとは打って変わって、この感じは少女マンガの王道!
ポジティブワードを使って断ろう
男子からはやたらと人気があるのに、大和以外の女子には全くモテない猛男でしたが、とうとう猛男のことを恋愛対象として見る女子「西条」さんが登場します。体育祭のリレー競技で猛男と同じチームになり、彼の熱心なコーチぶりや、下心0パーセントの優しさに触れるうち、恋愛的には圏外だったハズの猛男が気になって仕方なくなってきた西城さん。しかし彼にはすでに大和というかわいい彼女がいます。西城さんはひとまず猛男を「人間として」好きだから「師匠」と呼ぶことにするのですが、そんなことで沈静化する恋心ではなかった。玉砕覚悟で告白するも、もちろん結果は×。そして注目すべきは、この一件を彼女である大和に伝える時の猛男のセリフ。
猛男「大和 西城に男として好きだと告(い)われた」 大和「————え…?」 猛男「申し訳ないが断った 彼女がいるから 大和とつきあってるから断ったんじゃねぇ オレは絶対他の女子とつきあったりしねぇ モテないからでもねぇ オレは大和が好きだからだ オレには大和だけだ」
ここで猛男が強調しているのは、たまたま西城さんと付き合えない状況だからフったのではなく、自分の意志で大和を好いているのだということです。そして、このやりとりに続けて、以前大和に「オレがモテないから心配すんなって言い方した」ことを謝る猛男。モテようがモテまいが、大切なのは自分の意志だと反省し、大和が好きなのだとハッキリ言える猛男。男は黙ってなんちゃらとか、言わなくても分かってくれとか言わないのがステキ。本作には、イケメン担当の「砂川」くんというのが出てくるんですが、砂川くんよりもゴリラみたいな猛男の方がどんどんカッコよく見えてしまうマジックが発動しまくりです。
「西城さんがダメ」なのではなく「大和がイイ」。猛男の断り方は、わたしたちが生活をする上でもけっこう使える表現なのではないでしょうか。とくに職場では「ダメ」とか「イヤ」とか「~しない/できない」といった、ネガティブワードで自分の気持ちを伝えると、人間関係がギクシャクしてしまう危険性が高い。「そんなことはできない」の部分をぐっと飲み込んで「こういうことだったらできる」とポジティブワードを使って伝えた方が、相手に伝わりやすいし、ネガティブな空気も薄まります。わたしも(これ絶対できないな)と思うタスクを与えられた時に「できません」ではなく「やってみます」と答えてうまく切り抜けたことがあります(やってみたけどできなかった、という場合は不思議と怒られない)。これも、猛男式おことわり術の応用と言えるかもしれません。
「欠けている部分」で人を惹きつける
こんな風に書くと、猛男のコミュニケーション能力が高いように思うかもしれませんが、実はとても不器用で、ときに繊細さに欠け、ひとの気持ちを読むことがちょっと苦手だったりもします。実際、西城さんに異性として見られていることにも全く気づいてなかったし、大和と付き合うときも、とっくに両思いなのに分かってなかった。鈍感すぎて、見かねた砂川くんが助け船を出したほどです。
でも、猛男は、できないことを克服しようとするのではなく、自分の特性を生かす方向で努力しているように見えます。努力といっても、不器用なまま、愚直にひとと接する、ただそれだけのことなのですが。しかし、それだけのことなのに、猛男のまわりには、自然とひとが集まってきて猛男の足りない部分を補おうとするのです。「何かがひとより多い」ことがひとを惹きつけることと同じように、「何かがひとより少ない」ことも、ひとを惹きつける可能性があると猛男は教えてくれます。ひとは、自分に欠けている部分を見つけると、つい隠してしまいがちですが、それを正直に申告することで、あたらしい人間関係が生まれることもあるのでは。猛男の正直すぎるほど正直な生きざまは、高校生のくせにものすごく堂に入っていて、大の大人から見てもステキ。体力バカで、お勉強なんて全然できない猛男だけど、いい仲間といい仕事をする未来が容易に想像できます。
<著者プロフィール>
トミヤマユキコ
パンケーキは肉だと信じて疑わないライター&研究者。早稲田大学非常勤講師。少女マンガ研究やZINE作成など、サブカルチャー関連の講義を担当しています。リトルモアから『パンケーキ・ノート』発売中。「週刊朝日」「すばる」の書評欄や「図書新聞」の連載「サブカル 女子図鑑」などで執筆中。