大学入学と同時に上京して、15年以上が経った。そのうち大半は杉並区高円寺で過ごし、その後、渋谷区に移り住んで現在に至る。「趣味は銭湯です」と言うと、しばしば「オススメの銭湯はどこですか」と聞かれる。その度に、その時々に通っていた銭湯の名前を出すことにしている。今回紹介する銭湯は、高円寺時代、最後によく通っていた「上越泉」だ。
話し好きの女将さんに会いに行く
上越泉は、中野区野方の住宅街にある。JR高円寺駅からは歩くと15分はかかり、西武新宿線野方駅からだとそれ以上になるだろう。要するに、仕事帰りにふらりと立ち寄るような銭湯ではなく、地元の人が毎日のように通い詰めるタイプの銭湯と言っていい。
宮造り風の外観に赤い庇が映え、高い煙突もそびえたっている。開店は15時30分。脇のコインランドリーで時間を潰していた常連2~3人が、シャッターが開くと同時に入っていく。
上越泉はフロント式。話し好きで愛想のいい女将さんが座っている。地元の人向けの銭湯、と書いたが、どんなお客とも必ず一言交わしている様子が印象的だ。自分の頃も、この女将さんに顔を見せに行くようなつもりで通っていた。
ロビーにはL字型のソファ、シャンプー類のショーケース、アイスケース、ドリンクケース。テレビと熱帯魚が泳ぐ水槽も置かれており、雑誌をめくりながら一休みができる。男湯左、女湯右だ。
脱衣所は折上格天井。さらにそこから格子が吊り下がっていて、照明が灯っている。ロッカーは壁側と境目側に。境目側のは、縦長のスチール製ロッカーだ。洗面台は壁側後方。ほか、自動販売機、旧式マッサージチェア、ASANO製の背の低いはかりなどがある。
歴史を感じるも清潔さはしっかり
昔風の外面をしているが、お風呂に古臭さはなく、清潔にされている。正面には竹林の写真壁紙。また、浴室のところどころに観葉植物もあしらわれている。ボディソープ、リンスインシャンプーあり。「温泉マーク」入りの黄色い桶。
奥の主浴槽は大きくなく、ジェットバス含めて5人入ればいっぱいのサイズだが、十分だろう。手前には別途料金のサウナ(何十回も行ったが一度も使ったことがない! )、さらに水風呂と露天風呂もあり、ラインナップは申し分ない。湯の温度はどれもぬるめでやさしい。
上越泉には、テレビや雑誌で取り上げられるような派手さはないが、かめばかむほど味わいが増す銭湯なのは間違いない。やはりそこに女将さんの存在は大きい。今回約3年ぶりの訪問で、さすがに顔は覚えておられなかったが、帰り際はおしゃべりしながら玄関先まで見送ってくれた。「人」という数値化しづらいスペックが、銭湯の重要な魅力のひとつだと、改めて感じさせてくれる一軒である。
※記事中の情報は2016年8月時点のもの。イメージ図は筆者の調査に基づくもので正確なものではございません
筆者プロフィール: 高山 洋介(たかやま ようすけ)
1981年生まれ。三重県出身、東京都在住。同人サークル「ENGELERS」にて、主に都内の銭湯を紹介した『東京銭湯』シリーズを制作している。