紀元前500年ごろの中国春秋時代の軍事思想家、孫武の作とされる兵法書『孫子』に「おおよそ、戦いは正攻法で対峙し、奇策で勝つものだ」という教えがあります。
現代のビジネスシーンに置き換えれば、基本的なことをしっかり行い、その上で、意表を突く言葉や行動でクライアントの心をつかむ、ということでしょう。
しかし、定石どおりの方法である正攻法と異なり、奇策を打つためには、相手の心理を読む視点や、意表を突くようなユニークな発想が必要です。
今回紹介する淡河定範(おうごさだのり、以下定範)は、動物を使った奇策で、一躍名を挙げた武将です。
動物の本能を利用
それは、定範の上司(主君)である別所長治(以下長治)の本拠地、三木城に羽柴秀吉(以下秀吉)が攻め込んだときのこと。このとき、長治の部下である定範の淡河城にも羽柴勢が迫りました。
定範は羽柴勢の降伏勧告に応じず、城の防備を固める一方、「淡河城では毎日、城兵が城の外へ出て作業をしている」という噂を広めさせます。さらに「牝馬1頭を連れてきたら300文を与えよう。馬はすぐに返す」と近隣の農民に触れ回り、牝馬ばかりを密かに城内に集めたそうです。
噂を耳にした羽柴勢は、「敵は城外にいるらしい、ならば大勢で攻め込もう!」と怒涛の進撃を開始。ここで定範は奇策を打ちます。なんと、集めた牝馬を一気に城外へ放ったのです。
秀吉勢の軍馬はすべて牡馬であったため、牝馬を見て大興奮! 牝馬を追いかける牡馬が続出し、羽柴勢は大混乱に。
この機に乗じて、定範勢は総攻撃を開始。羽柴勢は総崩れになり、退却したそうです。相手を油断させる情報を発信し、動物の本能を利用した奇想天外な作戦で窮地をしのいだ定範。
その智謀は、上司である長治に高く評価されたそうです。
人の本能・心理を利用
現代のビジネスシーンにおいても、人間の本能や心理を読んだ奇策が功を奏することがあります。たとえば、ショッピングの際、消費者は「価格」について極めて敏感になります。
特に日々購入している食品や日用品の値上げが行われると、消費者は心理的な痛みを強く感じるとのこと。消費者に痛みを感じさせることなく、値上げを行うことはできないか?
この課題を解決するために、海外の食品・飲食業界で、「中身を減らす」という奇策が編み出されたそうです。容器を底上げする、箱のサイズを変えずに中身を減らす、ビールジョッキのサイズを徐々に小型化するなど、さまざまな手法で実質的な値上げが行われました。
これらの奇策は、「値上げには敏感だが、容量については鈍感」という、人間の心理的な特性に着目した作戦です。
ビジネスの奇策は正攻法から
ビジネスの奇策は食品・飲食業界だけではありません。たとえば、ある日本の百貨店で「シークレットバーゲン」と銘打った靴のセールが行われたそうです。このセールは、どの靴も1,000円均一で在庫も数千足ありますが、最大の目玉は、通常数万円する著名ブランドの靴が200足ほど混じっていること。
すべての靴にはブランドのロゴを隠すシールが貼られており、著名ブランドの靴を目当てに、何足も買い込む顧客で大いに賑わったそうです。
この奇策は、ブランドの価値を逆手に取った在庫処分・販売促進策といえるでしょう。著名ブランドの商品は、その価値にふさわしい価格を設定し、安売りを避けるというのが通常の考え方です。
しかし、このセールでは、あえてブランド(価値)を隠して、安売りすることで、以下のメリットをもたらしたと考えられます。
受け手 | メリット |
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百貨店 | 消費を刺激し、集客・売上アップの起爆剤となる。ノーブランド商品の在庫処分ができる |
ブランドメーカー | 単なる安売りではなく、自社の商品がセールのリード役となるため、ブランドイメージを損ねない |
ビジネスにおける奇策は、顧客の心理を読む視点や販売促進の高度なスキルなど、正攻法(基本)を熟知しているからこそ生まれるものであり、効果を発揮します。
奇策で勝利を収めた淡河定範。その奇策も、敵の心の動きや戦いの正攻法を知り尽くしていたからこそ、生まれたといえるでしょう。