サイエンスライター・森山和道氏が、ITビジネス書、科学技術読み物、自然科学書など様々な理系書籍の中から、仕事や人生の幅を広げる「身になる」本を取り上げて解説する「森山和道の身になる理系書評」。今回は、新潮社から発刊されている『工学部ヒラノ教授』(今野浩 著)を紹介する。
工学部教授・職員たちの実態を軽妙に描いた『工学部ヒラノ教授』
『工学部ヒラノ教授』は、とある私立大学理工学部の平(ヒラ)教授、ヒラノ教授と名乗る著者による、大学工学部の内情を描いた本である。オペレーションズ・リサーチを専門とする著者は筑波大学、東京工業大学(東工大)、そして中央大学と籍を移して来た。その過程を若干の脚色とぼかしを入れて描きつつ、大学で暮らす教員たちの実態を綴っている。
文章は軽いが、率直に言えば古い。たとえば60代手前は「シーラカンス」、そのさらに上の教授たちは(Cの前がBだから)「ビーラカンス」といった具合だ。この駄洒落センスにはなかなかついていけない。だがそれはそれとして聞き流す感覚で読み進めて行くと、だんだんハマってくる魅力のある文体である。
スタンフォードで1日15時間勉強して博士号をとった33歳の著者は、「国際A級大学」を目指す「新構想大学」を掲げていた筑波大学に助教授として着任する。当時新設されたばかりの筑波大学は林の中にあり、まさに陸の孤島以外の何物でもなく、「これほどひどい場所に作られた大学は、世界にも例がないのではないだろうか」と振り返る。住環境は「劣悪の三乗」だったという。
そこで著者はまず「パンキョウ」とバカにされ二級市民扱いされる一般教育担当教官の立場や、その独立したコミュニティの存在、差別が制度として確立されている国立大学について知る。もちろん新設大学工学部の助教授は雑務マシーンである。
大学を知らない人は教授も助教授(今は准教授)もさして違わないと思うかもしれないが、「実際には、企業で言えば社長と平取締役、政治家で言えば大臣と副大臣、軍隊で言えば中将と中佐くらいの違いがある」。そのため著者(だけでなく多くの大学教員)はなんとしても教授になることを目指す。なお筑波大学はこのような閉鎖社会の弊害を打開すべく、講座制を廃止した初めての国立大学だった。そうすると教官たちは個人商店主になる。一方で、助教授だからといってボーッとしていてもやがて教授になれるという保証はない。
だから著者ははやく教授になる事を目指し、1981年に東工大・人文社会群の統計学教授になる。するとそこは「文系一匹狼の居城」で、多くの教官は週3コマの授業をこなしたあとは好き勝手なことをやっていたという。そして筑波大学同様に会議は多かったが、筑波大学の会議が人事・予算・設備の「血みどろ利権会議」だったのに比べて「文系レトリック会議」であった。いわく「彼らのレトリックとまともに付きあっていたら、理系人間の脳味噌はグルグル巻きになる」ようなものだったそうだ。
こんな調子で大学教員たちのあれやこれや、すなわち、科研費の取り合いと申請の実態、論文書きのノウハウ、1991年以降の「大学院重点化」構想による学部教育の軽視とオーバードクターの大量発生、若い才能を狭い専門に閉じ込めがちな日本の博士教育と徹底したスクーリング(講義+宿題)を行うアメリカの大学院教育との違い、印象深いすごい学生などなどのエピソードが語られていく。確かに大学教授はステキな商売だったようだ。少なくとも昔は。
著者は本書で、以下の「工学部の教え7か条」を掲げている。これだけ守っていればエンジニアとして大過なく勤め上げることができるという。
第一条 決められた時間に遅れないこと(納期を守ること)
第二条 一流の専門家になって、仲間たちの信頼を勝ち取るべく努力すること
第三条 専門以外のことには、軽々に口出ししないこと
第四条 仲間から頼まれたことは、(特別な理由がない限り)断らないこと
第五条 他人の話は最後まで聞くこと
第六条 学生や仲間をけなさないこと
第七条 拙速を旨とすべきこと
これらの含蓄については本書でたっぷり解説されているので、実際に手に取ってお読み頂きたい。
著者プロフィール:森山和道
脳科学、ロボティクス、インタフェースデザイン分野を中心に、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行うフリーランスのサイエンスライター。研究者インタビューを得意とする。 メールマガジン「サイエンス・メール」「ポピュラー・サイエンス・ノード」編集発行人。共著書に『クマムシを飼うには 博物学から始めるクマムシ研究』(鈴木忠、森山和道 / 地人書館) [森山和道氏のサイト]
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