当連載も第65回となりました。そこで今回、「65」が付く車両の写真を集めてみました。題して、「ナンバー・ロクゴー・アルバム」。まずはなんといっても「EF65」です。
現在でも、おもに貨物列車牽引に活躍するEF65。1965(昭和40)年から製造が開始され、国鉄電気機関車史上最多となる308両が製造された、平坦線区向けの機関車です。このため、当時の首都圏各線で、0番台一般型貨物用、500番台旅客用・貨物用、1000番台客貨両用の全4タイプを見ることができました。
2012年現在、定期運用につくEF65は、JR貨物新鶴見機関区に集中配置された約50両の1000番台PF形のみ。最近では、2000番台への改番、1000番台若番機の休車など、その動向から目が離せない状況になっています。
「ナンバー・ロクゴー」続きましては「キハ65」。1969(昭和44)年から1972年にかけて、約100両が製造された急行形気動車です。
特徴は、走行用500馬力の大出力エンジン1基を搭載したことで、180馬力エンジンを2基搭載したキハ58をはるかに上回るハイパワーを発揮したこと。これを生かし、勾配がきつい山岳路線を中心に活躍しました。また、冷房電源用ディーゼル発電機1基も搭載したので、自車を含む3両へ電源供給を可能とし、気動車急行列車の冷房化に貢献しました。
1974年当時、中央本線の急行「アルプス」は165系電車と気動車で運転されていました。「アルプス」が誕生したのは1960年。その頃の中央本線(中央東線)は、まだまだ非電化区間が多く、「アルプス」全列車が気動車で運転されていました。
1965年に全線電化されると、大部分が165系電車での運転となりましたが、小海線や大糸線の非電化区間を走行する急行列車を併結するため、気動車による「アルプス」が数本残され、新宿駅に10~12両という長大編成で乗り入れていました。その編成には、キハ58・キハ28のほかに、必ずキハ65が組み込まれていました。
最後は1ケタ"増結"して、「165系」を紹介しましょう。
165系は、1963(昭和38)年から1970年にかけて、約710両が製造された急行形電車です。平坦線区の代表形式153系をベースに、勾配線区向けの強力形に改良した165系は、その性能を生かして上越線や中央本線などの勾配線区で活躍しました。後に、153系とともに平坦線区でも使用されました。
「鉄道懐古写真」撮影時期と撮影場所
撮影時期 | 撮影場所 | |
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写真1 | 1978年9月10日 | 根岸線 磯子駅 |
写真2 | 1975年3月 | 東海道本線 小田原駅 |
写真3 | 1976年3月 | 多摩川鉄橋(品鶴線)付近 |
写真4 | 1979年12月2日 | 鶴見線 浜川崎~昭和間 |
写真5 | 1979年9月10日 | 根岸線 関内~石川町間 |
写真6 | 1980年12月2日 | 山手貨物線 五反田駅 |
写真7 | 1980年1月15日 | 鶴見線 安善駅 |
写真8 | 1977年6月 | 東海道貨物線 浜川崎駅 |
写真9 | 1981年1月31日 | 山手貨物線 恵比寿駅 |
写真10 | 1974年9月 | 中央本線 新宿駅 |
写真11 | 1976年9月26日 | 上越線 長岡操車場付近 |
写真12 | 1979年8月18日 | 上越線 水上駅付近 |
※写真は当時の許可を取って撮影されたものです
松尾かずと
1962年東京都生まれ。
1985年大学卒業後、映像関連の仕事に就き現在に至る。東急目蒲線(現在の目黒線)沿線で生まれ育つ。当時走っていた緑色の旧型電車に興味を持ったのが、鉄道趣味の始まり。その後、旧型つながりで、旧型国電や旧型電機を追う"撮り鉄"に。とくに73形が大好きで、南武線や鶴見線の撮影に足しげく通った