約10年にわたってフードライター & エディターの仕事をしているが、一流の料理人は尊敬すべき存在だ。その気持ちは今も10年前も基本的には変わらないが、中にはちょっと……な人もいるわけで。
この業界に入って間もない頃、テレビにもよく出ている超一流料理人の記念イベントに出席したことがある。もちろん、出席者にはその業界のトップクラスの人々が名を連ねる。「あ、あの人は銀座の●●の料理長だ! あの人はフランスの三ツ星で長年働いていた人だ!! 」と私は大興奮。憧れていた業界に身をおくようになったことですらまだ夢のような状態だったのに、こんな一流の料理人たちが参加するイベントに自分自身も参加していることが信じられないような状態だった。
「ネーちゃん、胸でっかいな」
そこに、女性2人を連れた男性が入場してきた。ふと見ると、その業界の重鎮である料理人。目が痛くなるような鮮やかな黄色のスーツ、しかもダブル。そして金のぶっといネックレス、という服装に若干引いたがそんなことはすぐに忘れ、思うより早く足が動いて気づけば彼の元に駆け寄っていた。
「私、●●出版の広田です。学生の頃から●●(黄色スーツの店)によく通っていました!」。そういいながら名刺を渡そうとしたのだが、なんだか少し、彼の様子がおかしい。目が泳いでいて、顔も赤い。
「?? 」と思っていると、「ネーちゃん、胸でっかいな」といいながら私の胸元に手を伸ばしてきた。一瞬何が起きているのか理解ができずフリーズしていると、彼の連れである女性が黄色スーツの手を押さえ、「ダメですよ、彼女まだ若いからびっくりしてるでしょ」とたしなめていた。ギョッとしている間に千鳥足の黄色スーツは女性に両脇を抱えられながらそのまま歩いていった。
それから数年が経ち、取材で何度も世話になっていた某シェフにそのときの話をすると、「ああ、料理人は獣だからね」。「そ、そう?? そうなの!? 」と驚きつつ、そういえば……と思うことは今までに多々あった。
取材中にやたらと「俺、結構女性には優しいんだよね、尽くすんだよね」と言ってくる。「なんだ、この人」と思ってスルーしていたら、取材後、同行していたカメラマンから「あの料理人、絶対広田さんのこと狙ってるよね」と指摘された。当時は"優しい人"や"尽くしてくれる人"より「悪っぽくて追いかけたくなる人」が好きだったので、私的にはまったくピンとこなかったワケだが。
またある料理人は、業務上必要で携帯番号を伝えると、週末のたびに朝7時頃電話をかけてきてデートのお誘い。……寝かせてくれ。さらに極めつけとして、「月10万でどう? 」といわれたことも付け加えておこう。これはきっと、「皿洗い、月10万でどう? 」と誘われたわけではなかろう。
料理人の名誉のためにも言っておくが、彼らは脱落する者も多い厳しい修行をくぐり抜け、美味なる料理の数々をつくることができるすばらしい才能の持ち主。ただ、少し、女好きの人も多いのかもね、という今回のお話だ。
イラスト: こざき亜衣