世界の国々が「2050年脱炭素社会」を目指す

2020年10月26日、菅義偉首相は所信表明演説を行い、「2050年までに脱炭素社会を実現する」と宣言しました。この脱炭素社会について、正しく理解していますか?

脱炭素社会とは、二酸化炭素、メタンなどの温室効果ガスの排出をネットゼロ(実質ゼロ)にする社会のこと。カーボンニュートラル(炭素中立)、カーボンゼロ、カーボンオフセットなどの用語も、脱炭素と同じような意味合いで使われます。

人が生きていくために、温室効果ガスを排出することは避けられませんが、温室効果ガスは地球温暖化(気候変動)の原因となります。日本の記録的な猛暑や水害・土砂災害、世界では大規模な森林火災や豪雨による洪水被害など、気候変動は世界規模の問題となっています。

IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の報告書では、何も対策をしないと、2050年までに世界の平均気温は4.5℃上がると予測されています。

こうしたことを踏まえ、2015年、世界約200か国が合意し、温室効果ガスを削減するための国際的な枠組み「パリ協定」が成立しました。パリ協定では、4.5℃上がると予測されている平均気温上昇を1.5~2℃に抑えることを目標とし、日本も本腰を入れるところです。

  • 脱炭素社会とは?

    脱炭素社会とは?

再エネ転換ができないとビジネスのリスクに直結

環境意識の高まりを受け、このテーマを扱う書籍や雑誌の出版が相次いでいます。なかでも、こちら『再生可能エネルギーをもっと知ろう』(岩崎書店)という全部で3冊の本が目を引いています。

  • 左から『1くらしを支えるエネルギー』、『2自然の力をいかす』、『3持続可能な社会のために』

    左から『1くらしを支えるエネルギー』、『2自然の力をいかす』、『3持続可能な社会のために』

児童書ながら、詳細な資料が豊富に添えられています。環境の話題に対して他人事の大人もいますが、「サステナビリティ」を強く意識する若い世代が増える中、この絵本も多くの子どもの手に渡るかもしれません。

監修者は、再エネ研究の第一人者である、京都大学大学院の安田陽特任教授。安田氏にオンラインインタビューを行い、お話を聞きました。

日本は世界から10年遅れている

――「脱炭素社会」について、世界の取り組みと日本の現状について教えてください。

安田氏: IEA(国際エネルギー機関)は、2021年5月、温室効果ガス排出について「2050年ネットゼロ」にするためのロードマップを発表しました。

この報告書によると、2020年では世界全体の電源構成のうち石炭火力が35.3%を占めていますが、「2050年ネットゼロ」を実現するためには2030年までに8.7%にまで減らし、風力・太陽・バイオ・地熱・水力などの再生可能エネルギーで60%以上を占めるというシナリオを発表しています。このようなペースで進めないとパリ協定の1.5℃目標に間に合わないことになります。

――日本は環境やエネルギーの問題を先送りしているうちに、世界から取り残されるところだったのですね。

安田氏: はい。日本は世界に比べて、約10年遅れていると思います。石炭、石油、原子力などエネルギー全般を扱い、保守的と言われているIEAがこのような報告書を公表したことで日本では衝撃的に受け止められました。

とはいえ、これは世界の多くのステークホルダーの合意形成として出されたものだと見てよいでしょう。再エネ分野での主導権を狙うヨーロッパは着実に取り組みを進めてきており、実は中国も準備をしています。アメリカは政権が変わって、今までの遅れを一気に挽回しようとしています。

  • 引用:安田陽氏(@YohYasuda) Twitter(2021年5月19日)

    引用:安田陽氏(@YohYasuda) Twitter(2021年5月19日)

――再生可能エネルギーへの転換は、「地球に優しいから」などというふわっとした理由でなく、現実問題として世界がその方向に進んでいるのですね。

安田氏: はい。このIEAの報告書を見てびっくりした人も日本では多いようですが、普段から環境問題に関心を持ったり、国際動向をきちんとウォッチしたりしている人にとっては「やっぱりそうだよね」「日本はそれだけ遅れているということだよね」という冷静な反応でしょう。

日本は先進国であり「環境立国」を掲げていたはずですが、世界の潮流から目を逸らし問題を先送りにしている場合ではありません。何もしないと、人類に対して甚大な影響があるので、我々一人ひとりの行動変容だけでなく、社会システムを変えなければなりません。

国内向けには「国土が狭いから」など言い訳すれば一時的に批判もかわすこともできますが、世界には通用しません。アップルやグーグルなどをはじめ、多くの企業が「再エネ100%を目指す」ことを、顧客へのメッセージとして発信し、自社だけでなく部品を供給する協力会社にも要求しています。

再エネ調達ができないと、日本に対して「あなたのところでは買わない。別の国から買うよ」といった、ジャパン・バッシング (bashing)ならぬジャパン・パッシング(passing)が起こる可能性もあります。こうした背景もあり、世界中の企業や、いままで電力やエネルギーとはあまり関係がないと見られていた業界でもかなりの危機感を持つようになっています。

取材協力:安田陽(やすだ・よう)

京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座特任教授。現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。現在、日本風力エネルギー学会理事、IEC/TC88/MT24(国際電気標準会議風力発電システム第24作業部会〈風車耐雷〉)議長、IEA Wind Task25(国際エネルギー機関風力技術開発プログラム第25部会〈風力系統連系〉)専門委員