「ぐるぐるナインティナイン」「行列のできる法律相談所」「¥マネーの虎」など、これまでに数々の人気番組を世に送り出してきた日本テレビの演出・プロデューサーの栗原甚氏。これだけ多くのヒットコンテンツを手掛けることができた理由として、栗原氏は「周到な準備」をあげる。
「準備を制する者は、人生を制す」をモットーに、心身のタフさが求められるテレビ業界で25年以上ものキャリアを築き上げ、今なお第一線でバリバリ働く栗原氏は、一体どのような準備をして仕事に臨んできたのだろうか。本特集では同氏の新著「すごい準備」をヒントに、その秘密を紐解いていく。初回のテーマは「RPDサイクル」だ。
――先日上梓された著書「すごい準備」で、いわゆるビジネスでよく言われる「PDCAサイクル」(※1)ではなく、「RPDサイクル」なる理論を提案されています。RPDサイクルとはどのようなものでしょうか?
「RPDサイクル」とはReady(準備)の「R」、Plan(計画)の「P」、そしてDo(実行)の「D」で成り立っている考え方です。PDCAサイクルって4つの要素が同じくらいのバランスですが、RPDサイクルだとRがほとんどでPDはちょっとなんです。「RRRRPD」くらいのバランスなんですね(笑)
今回、書籍にするにあたってビジネスでよく使われるPDCAサイクルから連想しやすいようにRPDサイクルと書きましたが、RPDサイクルと名付けたのは執筆時です。「そのほうがわかりやすいかな?」って思いまして。ただ、私自身はずっと実践していましたけど。
――本にするにあたって改めてまとめてみると、RPDサイクルだったという感じですね。準備にすごく時間をかけるようになったきっかけはあったのでしょうか?
テレビ局に入社してすぐに「ズームイン!!朝!」(1979年~2001年)という朝番組に配属されたんですね。今思うと、そこが超一流の「プロ集団」だったんです。朝の番組で20%もの視聴率を稼いでいたのですが、これはものすごいことなんですよ。恐ろしいくらいです。そこでいろいろなことを覚えました。
ただ、その後は3カ月で終わっちゃうような「あんまりイケてない番組」を担当することが多かったんです。そういう番組って、会議や準備のやり方が「ズームイン!!朝!」のようなヒット番組とは違うんですよ。内心、「こんなに違うのか」と思いました。ゴールデンタイムだったんですが、「朝の番組の方がすごいクオリティだったな」と。「何がこんなに違うのか」と当時は考えていました。
――同じテレビ制作でも雲泥の差があるという事実を、若手の頃に実感されたわけですね
人の失敗を見て、「こういうことをするとダメだよな」っていうのをいっぱい見てきたわけです。成功論として、成功している人の下についてノウハウを覚えるというやり方が王道だと思うんですが、僕はすごい番組とダメな番組の現場を見たことで、それが対比としてすごく印象に残っているんですよ。
朝の番組は担当もバンバン回ってきて、終わったらまた1週間後に順番が来るくらい準備が短い一方、ゴールデンタイムは1カ月とか長い準備期間があるのにダメなんです。「そこに何か秘訣があるだろうな」というのは、業界歴が短い僕にも感じ取ることができました。というか若い頃こそ、そういうのが見えてきませんか? そこから学んだことは多いです。
――RPDサイクルで実践するようになってきたのはいつごろからでしょうか
本にするにあたってメソッド化した部分があるので、明確な時期は無いんですよ。本も、当初はテレビ制作のエピソード部分だけを書いていたんですが、「もっと万人に受け取ってもらえるようなものにできないか?」と思って今回の形になったんです。だから、この本すごく分厚いでしょ(※2)。最初はエピソードだけで1冊になっていたのに、ノウハウやメソッドとして頭から書き直したからページ数も多いんですよ。普段から「仕事はRPDなんだよ!」なんて言っているワケじゃないですよ(笑)
――RPDサイクルを実践することで、番組作りにどのような違いが生まれてくると思いますか?
やることが多いと物理的に不可能になるから、要素は少なく、なるべく専念できるようにしたほうがいいと思うんですね。つまり、なるべく「R」に専念したい。ゴールは決まっているわけだから。
番組作りで例えるならば、方法として、番組を走らせながらだんだん変えていく方法も、あるにはあるんです。放送してみて視聴者の反応を見ながら変更を加えていくようなパターンですね。でも、僕の場合は初回と最終回にほとんど差はありません。しっかり準備して完璧な状態でスタートするので、始まったらほとんど変えない。番組はいろいろな作り方があるけど、僕の場合はそうですね。頑なに変えないことに対していろいろ言われもしたけど、僕はこれが一番いいと思っています。
――なるほど、「すごい準備」で完璧な状態になっているからこその結果ですね。準備をするためにゴールが明確になっていることもとても大きなポイントのような気がします
僕は番組を作るときに必ず、「今まで自分が作ってないものを作ろう」というテーマでやっているんです。一度成功すると、勝ちパターンの形にしようってなりがちだけど、せっかくなら新しいものを作りたいですからね。そうなると、明確に「これが目標です」と言ってあげないと、スタッフはみんなそれを目指せないんです。リーダーはたとえ間違っていたとしても「あそこへ行くぞ!」と声をあげなければダメなんですよ。そこはブレずに迷わないで決めようと思っていますね。いろいろな雑音はあると思います。でも上司にいい顔するために作っているわけじゃないし、そういうのを聞き流して(笑)、自分の作りたいものにどれだけ近づけられるかなんですよね。
――RPDサイクルを実践するうえで注意するポイントもそこにありそうですね
人から言われると、「そうかも……」って思うじゃないですか。そういうのは一応聞くんですけど、そこで決めないで一度飲み込む。ダメなら吐き出せるから。ディスカッションもたくさんするし、納得できたらそれも取り入れます。後悔はしたくないんで、妥協はしないです。納得するためにまた調べるし、そこも準備ですね。思い込みで作るのが一番よくないです。全部リセットになっちゃうかもしれないけど、納得するために調べなおしたりします。結論を早く出さなきゃいけない場面もあると思うんですけど、一度考えを寝かせると、納得できたりすることもあるじゃないですか。だから、時間をおいてアイディアを寝かせることも大事だと思いますね。
※1 PDCAサイクルとは、効率的な業務を行うための手法の一つで、P(Plan/計画)、D(Do/実行)、C(Check/評価)、A(Action/改善)を1サイクルとして業務を継続的に改善していく
※2 『すごい準備 』のページ数は341ページ
新刊『すごい準備 』
テレビ番組プロデューサーである著者が、「難攻不落の芸能人」や「取材NGの店」から「YES」を引き出し、数々の大ヒット番組を制作してきた交渉のテクニック=「すごい準備」のやり方をわかりやすくまとめた一冊。相手に自分の思いを伝えるための「準備ノート」の作り方や「口説きの戦略図」など、誰でもすぐに実践できるメソッドが掲載されている。アスコムより上梓されており、価格は税別1,600円。
栗原甚
日本テレビのプロデューサー・ディレクター。「¥マネーの虎」「松本人志・中居正広vs日本テレビ」をはじめ、最近では「踊る! さんま御殿!!」「中居正広のザ・大年表」など、多くの人気芸人とともにバラエティー番組を多数手がける。