日本デザイン振興会は10月4日、グッドデザイン賞の受賞結果を発表した。今年は計1,403件が受賞し、特別賞候補の「グッドデザイン・ベスト100」、グッドデザイン大賞の候補7件もあわせて発表されている。例年より鉄軌道関連の受賞が多かったようで、各事業者からも受賞報告が多数あった。鉄軌道関連の受賞作品をまとめてみた。
人間(HUMANITY)もの・ことづくりを導く創発力
本質(HONESTY)現代社会に対する洞察力
創造(INNOVATION)未来を切り開く構想力
魅力(ESTHETICS)豊かな生活文化を想起させる想像力
倫理(ETHICS)社会・環境をかたちづくる思考力
これらを一つの文章にすると、「人間のために、高い倫理性を踏まえ、ものごとの本質を見据えたうえで、魅力的な創造活動をおこなうこと」となります。
(グッドデザイン賞開催要綱より)
前知識として、グッドデザイン賞は5つの理念にもとづき審査されている。これらの予備知識を踏まえて、鉄道・軌道およびその周辺分野の受賞作品を見てみよう。
グッドデザイン大賞候補&「グッドデザイン・ベスト100」
クルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」(JR東日本)
鉄道ファン、旅行ファンに話題となったJR東日本のクルーズトレインが大賞候補7作品のひとつに選ばれた。「大胆な空間作り」「伝統工芸を組み込んだ仕立てによる心地よさ」、東日本大震災を発端とした復興の後押しという使命感も評価された。
「グッドデザイン・ベスト100」
鉄道車両「トワイライトエクスプレス瑞風(トワイライトブランドの継承)」(JR西日本)
「贅を尽くしたアール・デコ様式の仕立て、ホテルと錯覚するような空間づくり」「通路をソファの下に通して広がり感を実現したスイートルーム」など構造面の工夫などが評価された。とくに前後端の展望デッキが自然との一体感という点で高評価となった。
通路上屋「三角港キャノピー」(熊本県 県央広域本部 宇城地域振興局)
JR三角線の終着駅、三角駅からフェリー乗り場までに設置された歩道の屋根。「大きな円弧を描きながら細い柱によって点で支えられ、まるで薄い板状の屋根が浮かんでいるような景観」が評価された。造船技術によって施工された点も注目だ。
天理駅前広場「天理駅前広場コフフン」(天理市)
大小の同心円状のモチーフを上下に展開するだけの簡単なデザインながら、「実際に現地を訪れると、子供や市民がここで楽しく時間を過ごしている状況」「わかりやすい円というモチーフが、人々のアクティビティも誘発することに成功した」と評価された。
公共施設「OM TERRACE」(さいたま市)
大宮駅東口駅前の公衆トイレと駐輪場。2階の屋上テラスから東口の駅前空間を眺められる。負のイメージのある施設をトップライト、LED、間接照明という光のデザインで演出し、街の舞台、観客席のような効果をもたらしている。
グッドデザイン賞
鉄道「小湊鐵道」(小湊鐵道)
トロッコ列車や駅前「逆開発」の取組みが「地域の逆開発に向けて、駅や鉄道そのものをより簡素にしながら、地域と一体に歩もうとするデザイン」「沿線住民自らが、暮らしの中にある鉄道の風景の質を高めていこうとするデザイン思想」と評価された。
地下鉄「東京メトロ銀座線リニューアル計画」(東京メトロ)
車両と駅を合わせた総合的な路線更新事業。「オレンジ色の車体、鉄骨が残る駅などの遺産を継承しつつ、ホーム拡幅やホームドア設置で機能性・安全性も高めている」「素材や色彩のコーディネートも洗練されており、落ち着いた雰囲気の中で日本の地下鉄の伝統を体感できる」など、伝統を残しつつ今日的な要求に応えたデザインと評価された。
「希望、ふくらむ トラムトレイン」(えちぜん鉄道・福井鉄道・福井県・福井市)
同じ地域にあって、駅も接していた福井鉄道とえちぜん鉄道。鉄道施設の整備やLRV車両というハードウェアと、乗継割引、ダイヤ調整などのソフトウェアで相互乗入れを実現した。えちぜん鉄道のLRV車両が「ki-bo」、福井鉄道のLRV車両が「FUKURAM」。合わせて「希望、ふくらむ」。そうだったのか!
鉄道車両「70000系」(東武鉄道)
東武スカイツリーライン・東京メトロ日比谷線の相互直通運転にあたり、「鉄道会社間の伝統や設計思想の違いといった制約条件のなか、東武鉄道独自のデザインが達成されている」「ヒップレストやガラス妻引戸の採用により快適空間」「車椅子やベビーカーに配慮したフリースペースの各車両への設置」「海外からの乗員増加に対応した多言語化標記」などが、ユニバーサルデザインの工夫として評価された。
鉄道車両「5000系」(京王電鉄)
ロングシート・クロスシート転換式の新型車両。先駆的車両も多い中で、「高尾山の木々の色や繊維の街・八王子の絹糸の感触をモチーフにした座席」「省エネ性能向上のために蓄電池を搭載し、停電時にはこの電力を用いて短距離の移動を可能とした」ことなどが評価された。
鉄道車両「40000系」(西武鉄道)
通勤だけではなく、ロングシート・クロスシート転換座席を採用して相互直通座席指定列車「S-TRAIN」としても活躍。「低い目線に配慮した大型窓サイズや異なる多様なユーザーへの移動導線の確保など、車椅子やベビーカー、大型荷物を持ち込んだユーザーの使用想定が徹底的に追求」「鮮やかに色分けされた外観グラフィックスとピクトグラムは、優先席や新しく設けられたパートナーゾーンの車内設備を直感的に誘導」「ガラスを多用した開放感と木材が質感を感じさせ、ユーザーの快適性向上に繋がった」と評価された。
超低床路面電車「阪堺電車1001形 堺トラム」(阪堺電気軌道)
「既成車両を使いつつ、堺の偉人や工芸品を色彩や素材で取り入れた手法は新鮮」「廃止が議論されていた路線を、攻めの方向で活性化しようと決断した会社の方針にも共感」と評価された。
鉄道車両用シート「ユニバーサルデザインシート」(日立製作所)
「立った状態に近い姿勢で腰に負担をかけず座る」コンセプトは「高齢者や妊婦の負担軽減を狙ったものだが、腰のサポートもしっかりしており、快適性を失うことなく幅広い世代が使用できる仕上がり」と評価。「優先席に用途を限定せず」「省スペース効果もあり、混雑率の高い路線での活用が期待される」とのことで、採用車両の登場が待たれる。
「富山駅南口駅前広場・西口交通広場・南北自由通路・東西自由通路・LRT軌道及びホーム」(富山市)
公共交通の取組みで先進的な富山市。「富山駅のデザインは,必要な機能を美しく実現するだけではなく,留まりたいような気持ち良さも両立させている」と評価された。富山ライトレールも2006年にグッドデザイン賞金賞を受賞している。
「札幌市路面電車停留場(狸小路停留場、西4丁目停留場(内回り))」(札幌市)
札幌市電の延伸区間に新設された電停。路面電車の電停といえば道路中央が定番。しかし公共交通の利便性を追求し、あえて線路を歩道側に移した。歩道に接する電停だ。「シンプルかつ美しい,こんな電停が増えていけば、我が国の都市景観も格段と良くなっていくだろう」と評価された。
駅施設「東急池上線戸越銀座駅」(東急電鉄)
10月9日のフリー乗車デーでも話題になった東急池上線の戸越銀座駅。この駅を見学に訪れる人も多かった。「上下線のホームが離れた駅舎では、一体感を持たせるのが難しい」としつつ、戸越銀座駅では「屋根と壁面を同じ木材でせり出すような構成として、ホームと線路空間を包み込むことに成功」したと評価された。
超高層ビル「あべのハルカス」(近鉄不動産)
大阪阿部野橋駅(近鉄南大阪線)直上にそびえる現在日本一高いビル。「ガラス張りの透明感あふれる外観は、日本における現代的なランドマークのあり方も示唆」と評価。「透明な回廊や中央の吹き抜けになった屋外テラスを備えた展望台」も体験してみたい。
駅・複合型温泉施設「西武秩父駅・西武秩父駅前温泉 祭の湯」(西武鉄道、西武レクリエーション)
巨大施設とせず「祭」をコンセプトとした街に優しいサイズに。「地元産の杉材や提灯といった地元の素材を装飾に使用するなど地域に根ざしたデザイン」が高く評価された。
複合商業施設「中目黒高架下」(東急電鉄、東京メトロ)
高架下の細く暗いイメージを刷新し、「共用空間を広く取り、一部をテラスとして活用するという試みは、目黒川沿いの賑わいをそのまま高架下に移設したよう」「中目黒という地域性を反映した好ましい試み」と評価された。
商業施設「八木山ゲートテラス」(八木山ベニーランド)
複雑な高低差のある敷地に緩やかな大階段を設け、そのまま屋上テラスへ。「屋上テラスの高さは、ちょうど遊園地内部を走るミニ鉄道の高さとちょうど合わせてあり」という評価説明に注目した。鉄道がテラスに到達すると「鉄道の乗客とテラスで休憩する人々が自然と手を触り合い、遊園地内外の人が積極的にコミュニケーションがとれる」という。
観光イベント「天空の楽園 日本一の星空ナイトツアー」(スタービレッジ阿智誘客促進協議会)
鉄道ではなく索道だけど、富士見台高原ロープウェイ、ヘブンスそのはらで開催されるイベント。「土地の特徴を見出し、それを最大化して経済効果を産む観光創造の良い事例」と評価された。行ってみたい。
人材育成プロジェクト「ローカル鉄道・地域づくり大学」(フラッグ)
ひたちなか海浜鉄道代表取締役の吉田千秋氏など実務者が登壇し、鉄道経営と地域運営のノウハウを公開。鉄道と地域再生を学ぶサマースクール。受講者から若桜鉄道の前社長、山田和昭氏を輩出した実績もある。
512色LED発車標「ML4ULP316W / ML4ULP216W / GL4HP216WT」(JR東日本長野支社、新陽社)
松本駅改札口前などに設置された路線別発車案内掲示板。512色の表現力で視認性と可読性の高い表示を実現、コストダウンとメンテナンスの向上も叶った。「必要な情報を最小限提示する点で、先を急ぐ乗客等への情報伝達の品質を高めている」と評価された。
侵入防止システム「シカ踏切」(近畿日本鉄道)
線路に侵入防止ネットを整備しつつ獣道を残し、超音波で鹿の侵入を抑止。夜間は鹿が自由に通れる。「鉄道と野生動物の関係について、野生動物の視点で考えることの大切さを教えてくれた」と評価。動物愛護団体も褒めてあげて。
路線図Webサービス「駅すぱあと路線図」(ヴァル研究所)
単体で動作せず、他のプログラムに組み込んで使う鉄道路線図。「日本全国が1枚につながった国内初のWeb鉄道路線図」「APIで路線や駅、レイヤーの操作が可能」ということで「サードパーティに提供されるミドルウェアが美しくデザインされていることは、非常に意義がある」「採用する全ての製品において、品質の底上げがされる」と期待。「鈍重になりがちなBtoB向けのソフトウェアを、軽快なプロダクトに落とし込んだ」と評価された。
人流分析装置「人流可視化ソリューション」(日立製作所、東急電鉄)
駅の混雑状況をリアルタイムで表示する。東急電鉄の公式アプリ「東急線アプリ」の「駅視-vision」として提供される。監視カメラの映像をそのまま中継するとプライバシーに配慮できないため、人の動きを察知してアイコンで表示。運用実績と技術の応用への期待という点で評価された。
ご案内業務支援サービス「車いすご利用のお客さまご案内業務支援システム」(西武鉄道)
乗客用ではなく駅員用のアプリ。車いす利用者を案内するために、乗車駅の情報を降車駅の駅員に伝えるなどの機能がある。業務向けのシンプルなデザインと、駅員のノウハウの共有という実用性で評価された。
セキュリティゲート「モバイルゲート」(熊平製作所)
鉄道用ではなくイベント会場用のゲートチェックシステム。しかし、臨時改札口の設営にも使えそうだ。「収納、搬送、狭小空間での設置など運営側の条件と、ユーザー側の使い勝手が筐体全体に角度を持った構成によって合理的に解決されている」と評価された。
「TRAIN SUITE 四季島」グッドデザイン大賞なるか? 11/1発表へ
グッドデザイン賞では、鉄道趣味に欠かせないカメラなどの商品も多数受賞している。また、未発売製品については非公開で審査が行われ、結果にも反映されていなかった。これも気になるところ。
なお、「グッドデザイン・ベスト100」の中から「グッドデザイン金賞」「グッドデザイン特別賞」が選出されるほか、グッドデザイン大賞が11月1日に発表される。大賞候補に入った「TRAIN SUITE 四季島」が受賞できるか、まだまだ目が離せない。