JR四国は9月25日、「新型特急気動車2600系の営業運転開始」に関する報道資料を公開した。2600系は12月2日から高松~徳島間の特急「うずしお」3往復に投入される。この報道資料では、車体傾斜システムに空気バネ方式を採用した2600系に関して、土讃線での運用に課題があるため、今後の車両新製は2600系をベースに実績のある振子方式の車体傾斜システムを採用すると付記している。

JR四国の新型特急形気動車2600系(2017年2月の報道公開で撮影)

この報道資料をもとに、大手新聞などは「新型ディーゼル特急、量産断念」という論調で報じている。それは決して間違っていないけれども、だからといって今後のJR四国の特急車両が旧式に後退するという印象を持たれてしまったら、それは誤解。残念なことだ。空気バネ方式による車体傾斜はたしかに新しい。しかし従来の振子方式が古くて性能が劣るわけではない。性能面ではむしろ振子方式のほうが優秀ともいえる。

2600系が空気バネ方式による車体傾斜システムを採用した理由は、走行時の性能が良いからというより、メンテナンスコストを下げられるから。車体傾斜性能としては、従来の制御付自然振子式のほうが高い。空気バネ方式の最大傾斜角度は2度、JR四国の既存の特急形気動車2000系の制御付自然振子式の最大傾斜角度は5度。角度が大きいほど、曲線区間の通過速度は高くなる。

保守費用も含めて性能だといってしまえば、たしかに空気バネ方式は新しいし優れている。しかし特急列車の商品力という面では、やはり速度を重視したい。そうなると速度を出せるほうが良い。保守コストはかかるけれど、従来の振子方式を選んだJR四国の決断は悪くない。むしろ良い。では2600系は無駄かというと、そうでもない。いまのところJR四国に4両しかない車両。鉄道ファンにとっては価値ある希少車だ。乗ってみたい。

車体傾斜システムは何のためにある?

車体傾斜システムについては、一般報道だけでは誤解されやすい部分もある。それは「車体傾斜システムの搭載により、曲線通過速度が速くなる」だ。間違ってはいないけれど、正解ともいえない。車体傾斜システムがなくても、列車は曲線区間で速く走れる。曲線区間の最高速度は車体傾斜ではなく、線路の傾斜で決まる。道路やサーキットでいう「バンク角」で、線路の場合は「カント」という。左右のレールの高低差で車体を傾ける。

しかし、カントの限界速度で列車を走らせることはない。旅客列車では乗り心地が悪くなる。クルマで交差点をクイッと曲がると、体がカーブの外側に押しつけられる。これが遠心力で、スリルがあって楽しいかもしれない。しかし特急列車にスリルはいらない。貨物列車だと遠心力で荷崩れが起き、輸送品質の低下につながりかねない。

国鉄時代、車両が曲線区間を走る限界速度は物理的な性能ではなく「乗客にかかる遠心力は0.08Gまでとする」と定められていた。ただし、これも特別な場合で、実際には0.04G程度に収まるような速度でダイヤを設定していたという。

遠心力を抑えるためには速度を下げればいい。しかし、逆に、遠心力を解決すれば、速度を下げず、むしろ上げられる。そのためには、なるべく大きな角度で車体を傾けたい。振子方式のほうが空気バネ方式より車体が傾き、曲線の通過速度を上げられる。「従来の振子方式を使用」という報道のされ方だと、旧態依然に見えてしまうけれども、JR四国の振子方式は非常に優秀な技術なのだ。

予讃線の特急「宇和海」として運行される2000系の試作車TSE

そもそも振子方式は電車向けに開発された。電車のモーターは車体に対して横置きで、回転が進行方向と同じだった。一方、ディーゼルエンジンは車体に対して縦置きで、回転方向は進行方向に対して右回りまたは左回りとなる。そのためエンジン回転方向に傾きやすく、エンジンの回転に対して反対に傾くときは、回転する力を打ち消す力が必要になる。要するに左右の傾きのバランスが悪い。気動車では振子方式は難しいとされていた。

JR四国とJRグループの鉄道総合技術研究所は、この問題をどう解決したか。車両にエンジンを2台搭載し、それぞれの回転方向を逆にして、車体にかかる横方向の振動を相殺した。振子機構の左右の偏差をなくし、制御しやすくした。これが試作車のTSE(Trans Shikoku Experimental)であり、後の特急形気動車2000系。世界初という制御付自然振子式の特急形気動車である。JR北海道が振子方式の特急形気動車を開発したときも、JR四国の協力を得て、雪害対策を施したシステムを開発した。

JR四国は経営環境が厳しいながらも、チャレンジ精神が旺盛な会社だと思う。フリーゲージトレインの走行試験にも早期から参加していた。そんなJR四国にとって、制御付自然振子式の特急形気動車は自慢の技術といえる。ではなぜ、革新的かつ安定した既存の技術を使わず、空気バネ方式を選択したか。そこがJR四国の懐事情の寂しさだろう。

新規車両の購入については、安全面の強化という趣旨で国から補助を得られる。しかし日々のメンテナンス費用に対して、独立した補助制度がない。車両購入費が高くても、メンテナンス費用を低くしたほうが自社負担の合計費用を下げられる。

そこまで考えて選択した空気バネ方式を継続しない理由は何か。これは報道資料にある通り、「連続する曲線が多い土讃線において、2600系は空気バネの制御に多くの空気を消費するため、空気容量の確保に課題がある」ということだろう。車体傾斜のために、台車の片側の空気バネに空気を入れて持ち上げる。元に戻すために空気を抜く。また空気を入れて持ち上げる。また抜く。2600系はそれを見越して、高性能な空気圧縮機を採用し、空気タンクも大容量にした。それでも試験の結果、十分ではなかった。

JR四国が新型車両で採用した空気バネ方式を諦めた。そう考えると残念な結果に見える。しかし、既存の優れた技術を維持し、改良して使用する。よりスピードアップにつながるとすれば、決して残念な結果などではなく、良いことだと前向きに考えたい。

蛇足だけど、さらにJR四国と国が将来を見通すならば、JR北海道が開発し、断念したハイブリッド傾斜システムを実用化してほしい。6度の振子機構と2度の空気バネを両方搭載し、8度の車体傾斜を行う。線路の強化も必要だけど、曲線区間の速度はもっと上がる。これはJR四国だけでなく、海外の鉄道路線改良、高速化にも使える技術になる。

ハイブリッド傾斜システムがあれば、新幹線を建設するほどの予算がない国にも、鉄道の高速化技術を売り込める。実験台といってしまえば失礼かもしれない。しかし、世界に技術を売り込むため、JR四国で安全運行を実証する。そういう大きな視野を持ち、戦略的にJR四国を支援するという考え方もあるはずだ。