「乗り鉄」にとって新線開業はうれしい。構想段階から地図を眺め、ルート決定、建設開始。あとは指折り数えて開業日を待っている。しかし、横浜市の新交通システム「上瀬谷ライン(仮称)」は残念な結果になった。横浜市の事業参画要請を受けた横浜シーサイドラインは、「現時点で参画はしない」と回答した。

  • 「上瀬谷ライン(仮称)」計画ルートの位置(地理院地図を加工)

カナロコ(神奈川新聞電子版)の12月10日付記事「上瀬谷新交通の代替はバス 花博に向け、横浜市が検討」によると、横浜市長は「バスで定時性や速達性を確保できるような代替交通手段を早急に検討する」と表明したという。これで新交通システム計画はストップした。

「上瀬谷ライン」の計画については、当連載第294回「横浜市の新交通『上瀬谷ライン』成功の鍵は - 新市長は『再検討』」でも紹介した。瀬谷駅(相鉄本線)の北側と東名高速横浜町田インターチェンジの間に旧米軍上瀬谷通信施設跡地がある。横浜市はこの地域を再開発するにあたり、まずは国際園芸博覧会(花博)を誘致し、跡地にテーマパークを建設する計画を立てた。

大勢の人々が訪れると予想されることから、輸送手段として瀬谷駅と開発地域を結ぶ新交通システムの整備を構想した。ところが、花博の誘致に成功したものの、その次の段階のテーマパーク計画が決まっていない。これでは花博後の新交通システムが赤字必至になってしまう。

■横浜シーサイドラインが参画しない理由は

横浜シーサイドラインは今年9月、横浜市から事業参画の依頼を受け、3回にわたって「経営方針裁定会議」を実施。11月25日に「現時点で参画はしない」と回答した。参画しない理由は4点あり、意訳すると以下の通りとなる。

  • テーマパークが未定で来場者数がわからない。乗客数が不明。
  • テーマパーク専用路線なのにテーマパークが資本参加しない。工事期間や予算が適切ではない。
  • 横浜市の需要予測が横浜シーサイドライン側の認識より大きすぎる。事業の採算性、継続性が見込めない。
  • 横浜シーサイドラインとしても感染症拡大などで事業に慎重な上に、事業が不安定な上瀬谷ラインを引き受ければ、金沢シーサイドラインの存続も危うくなる。

新交通システムの建設には巨額の資金が必要になる。たった半年間の花博のためだけに、高額な交通機関をつくるわけにはいかない。カナロコの2021年9月22日付記事「横浜・上瀬谷の新交通、総事業費640億円~680億円の見通し」によると、トンネル、軌道、駅舎などで約320億~340億円もするという。運行事業者も車両や駅舎内装、信号設備などで同額の負担になるようだ。国の補助制度も活用するとはいえ、投資額が大きい。

ちなみに、横浜シーサイドラインの第38期(令和2年度)決算を見ると、総資産額は約171億円で、純資産は約50億円、自己資本比率は約30%となっている。この状態で約320億円の負担額をすべて借金でまかなうとすれば、自己資本比率は約10%となる。企業の健全性、安定性の判断基準は自己資本比率20%以上とされているから、わざわざこの数字にするような経営判断は株主から支持されない。経営基盤を維持しつつ約320億円の投資をするというなら、新株発行や既存株主からの増資など資本増強が必要になる。

横浜シーサイドラインの筆頭株主は横浜市で、持株比率は63.37%。「上瀬谷ライン」の参画要請は筆頭株主からの要請なので、横浜シーサイドラインも最大限に尊重する。横浜市が臨時株主総会を招集し、株主比率で賛成多数の立場で経営参画を決める方法もないわけではない。しかし、他の株主を見ると、京急電鉄11.94%、西武鉄道3.96%、相鉄ホールディングスと東急が1.88%となっている。

シーサイドラインはもともと横浜市が金沢区沿岸地域を開発するために計画した路線だ。京急電鉄はシーサイドラインと接続するため、西武鉄道はグループ会社の八景島シーパラダイスへの交通手段として資本参加した。他の出資者もシーサイドラインのために参加している。横浜市が横浜シーサイドラインに他の地域の交通事業運営をゴリ押しし、本体のシーサイドラインの運営を脅かすとなれば納得できない。増資要請に応じるどころか、最悪、資本撤退となった場合、現在の枠組みが崩れてしまう。これが大株主の要請であっても応じられない事情である。

■建設の可能性は残っている

ただし、横浜シーサイドラインは「上瀬谷ライン」を拒否したわけではない。12月2日に社長名の「談話」として、「本事業の採算性や継続性について抜本的な見直し提案がされた場合は、当社は本事業への参画を再検討する所存」「弊社のできる範囲でサポートしていきたい」と発表した。要するに、「花博跡地の活用策が確定したら、あらためてご相談ください」ということになる。

この談話の背景として、横浜シーサイドラインは11月25日に「現時点で参画はしない」と発表したが、その前日、一部報道で「横浜シーサイドラインが拒否」と先走って報じられていた。これを受けて、横浜商工会議所会頭の「非常に残念」「考え直してほしい」というコメントが報道されている。横浜シーサイドラインの社長談話は、その誤解を解くために発表したと思われる。わざわざ11月30日に臨時取締役会を招集し、事業参画再検討の条件を固めている。

そもそも「上瀬谷ライン」が建設されない理由は、花博跡地のテーマパーク構想が頓挫したことにある。横浜市がどうしても「上瀬谷ライン」を実現させたいなら、横浜市営地下鉄のように横浜市の直営で建設する方法もあるだろう。しかし、同じ新交通システムを運営しているから「横浜シーサイドラインにやってもらおう」とした。

テーマパーク構想も、相鉄の構想が白紙に戻った段階で、「隣の物流区画を担当する三菱地所に声をかけよう」と安易に動いたように見える。決定の方法が刹那的すぎるのではないか。横浜市に縁のある企業に参画してほしいという気持ちがあったかもしれないが、その条件付きで事業者を公募し、アイデアを競わせたほうが良い結果になると思う。

これまで米国の映画会社などに打診して合意できなかったと伝えられているが、日本にも「ジャパニメーション」と呼ばれる優良なコンテンツがある。海外からも誘客できるテーマパークをつくれるかもしれない。遊園地やレジャーランドを運営してきた西武グループも、西武園ゆうえんちのリニューアルで外部のマーケティング会社と協働している。

  • 「上瀬谷ライン(仮称)」計画ルートと周辺。水色は筆者提案(地理院地図を加工)

筆者は「上瀬谷ライン」の予定地を実際に歩いたとき、当初計画において(仮称)瀬谷駅と終点の(仮称)上瀬谷駅の2駅に絞ったことに疑問を抱いた。新交通システムの特性上、もっと短い区間に駅があってもいい。たとえば瀬谷駅から約1kmの神奈川県立瀬谷西高等学校付近に駅を設置すれば、イベント開催時以外の利用者を獲得できそうに思える。学校だけでなく、住宅もあるし、空地もあるからマンション開発も期待できる。イベント時に臨時で直行便を出せば、利用者層の分離もできる。

将来的には北へ延伸したい。八王子街道に沿って東急田園都市線のつきみ野駅、あるいは南町田グランベリーパーク駅と結べば、鉄道空白地帯の解消、渋滞の激しい八王子街道のバス交通の改善にもつながる。ただし、このルートは町田市との連携が必要になる。横浜市内で完結したいなら、環状4号線沿いに十日市場方面へ延伸すれば、横浜若葉台団地や、神奈川県立霧が丘高等学校ほか私学の通学路線にもなる。新交通システムにこだわらず、LRTでもいい。

花博輸送に関しては、幅の広い海軍道路に連節バスなどを使ったシャトル便が有効だろう。海軍道路の米軍施設跡地付近に見事な桜並木もあり、車窓も楽しいはず。地下を通るよりずっと花博らしい交通手段になると思われる。

「乗り鉄」としては、テーマパークと新交通システムは「行きたい」「乗りたい」と願っている。白紙に戻したことを好機として、より良い形で実現をめざしてほしい。