7月22日、米国ナイアンティック社は株式会社ポケモンと共同開発したスマートフォン向け位置情報ゲーム『ポケモンGO』の日本版サービスを開始した。スマートフォンで遊ぶゲームの中でも超大型案件だけに、「歩きスマホ対策」に取り組んできた鉄道事業者は神経をとがらせる。プレイヤーの事故は自己責任だけど、事故が起きれば影響は大きい。しかし、活用すれば集客になるという考え方もある。
携帯電話やスマートフォンの画面に夢中になると周囲への注意が散漫になる。鉄道駅構内では、ホームで車両に接触して人身事故になる事例もあれば、通路で他の人とぶつかったり、階段で足を踏み外したりする事例もある。とくに階段では急ぐ人とスマホを見ながら歩く人で明らかに速度が異なり、人同士の追突や急な進路変更も危なっかしい。
鉄道事業者はこれまでにも、利用者の携帯電話注視や歩きスマホに対して注意を呼びかけてきた。しかし、現状を観察すると歩きスマホは沈静化していない。スマホに夢中な人は啓発ポスターを見ないし、構内放送の呼びかけも耳に入らない。決定打の対策がなく困惑しているところに、比類なき人気ゲーム『ポケモンGO』が襲来した形だ。
一体何が起きているのか。まずは『ポケモンGO』をおさらいしよう。
ポケモンこと『ポケットモンスター』シリーズは、任天堂が自社の携帯ゲーム機向けに販売しているゲームソフトだ。プレイヤーはゲームの世界を冒険し、モンスターを捕まえて育て、ライバルのモンスターと戦わせる。モンスターを捕まえる道具をモンスターボールという。モンスターをモンスターボールに入れるとポケットに入る。これが『ポケットモンスター』の由来だ。
モンスターの種類は多く、複数のバージョンが同時に発売され、携帯ゲームの通信機能でモンスターを交換できる。従来のキャラクターカードのようなコレクションの楽しみ方ができる。さらに育成、戦闘、物語という定番の遊び要素も含まれる。モンスターのデザインもかわいらしく、子供たちに大人気となった。シリーズ第1作は1996年に発売されており、今年は20周年にあたる。当時10歳だった子供たちも現在30歳。子供と一緒に遊ぶ親も多く、国民的ゲームソフトとなった。
『ポケモンGO』のゲームシステムは、『ポケットモンスター』のゲームの世界を現実の世界に置き換えている。このシステムを開発した会社が米国のナイアンティック社だ。ナイアンティック社は米国Googleの一部門で、GoogleMapを活用した位置情報ゲーム『イングレス』を開発し、後に独立した。
『イングレス』は、プレイヤーが2つの陣営のどちらかに所属し、実際の地図に設定された拠点(ポータル)を奪い合う。3つのポータル同士をリンクさせて三角形を作ると、その面積が占領地域となる。世界中でこの面積の奪い合いが行われている。『イングレス』はユーザーが拠点の作成に参加できる。地図上で彫刻や絵画、特徴的な建築物など創造的な物体の写真を撮り、ゲーム内で位置を特定して申請する。
こうしてゲームと現実の世界が重なり、無数の拠点ができた。鉄道駅のホームやコンコースに置かれた像なども拠点になった。鉄道以外では神社仏閣、観光名所も多い。郵便局も世界的に登録されやすい。その反面、ゲーム目的で静謐な史跡を深夜に訪ねたり、街角をさまよったり、私有地に立ち寄ったりするなどの問題も明らかになっていた。いわゆる「撮り鉄」の迷惑行為に似ているけれど、『イングレス』で遊ぶ人は限られており、「撮り鉄」ほど目立った存在ではなかった。ただし、ユーザーイベントでは数千人から1万人の集客がある。知る人ぞ知る人気ゲームという感じだ。
『ポケモンGO』は『イングレス』の拠点データのほとんどを流用して作られている。『イングレス』の「ポータル」は、『ポケモンGO』の「ポケストップ」や「ジム」になった。「ポケストップ」ではモンスターボールや傷ついたモンスターを治すアイテムなどを入手できる。モンスターもポケストップ周辺に出現しやすくなる。「ジム」はモンスター同士を戦わせる場所で、勝者が占拠できる場所となっている。
つまり、いままで「ポータル」だった駅や名所がそのまま『ポケモンGO』の拠点となっている。「ポータル」は動かない建物などが対象だったけれど、『ポケモンGO』は拠点以外の場所にモンスターを出現させる。『ポケモンGO』のプレイヤーはモンスターの出現と合わせて右往左往する。『イングレス』のプレイヤーより行動パターンが複雑だ。だから『イングレス』のプレイヤーの一部が起こしていた問題が、さらに大きくなる。ましてや世界で人気の『ポケットモンスター』関連ゲームだ。プレイヤーの規模が大きく、非常識プレイヤーの総数も多いだろう。
世界の鉄道事業者も注意喚起している
『ポケモンGO』は7月6日にオーストラリアとニュージーランド、7月7日に米国でサービスを開始。続いてヨーロッパ、カナダへと広がり、7月22日に日本でも始まった。世界に先駆けてサービスを開始した国では、早くも懸念されていた問題が浮かび上がる。7月13日には、時事通信がハーグAFPの報道として「オランダの鉄道施設管理会社『プロレール』も、モンスターを探すプレイヤーらが線路に入り込んだことを受けて、任天堂にゲーム内容の変更を要請した」と報じている。要請の相手はナイアンティックだと思うけれど。
中国情報サイト「レコードチャイナ」も環球網の報道を引用し、ロシアの鉄道会社とロシア地下鉄公社が利用者に注意を喚起していると報じた。ちなみにロシアはまだサービス対象地域ではない。しかし前述のように『イングレス』の拠点が多数あるから、すでにマップ上では「ポケストップ」「ジム」は設定されているようだ。ヨーロッパのサービス地域のプレイヤーが新拠点を求めてロシアを旅したり、ロシアに住む人々がなんらかの方法で他国語版のアプリを入手したりしているとみられる。
日本では、JR東日本が新宿駅などで歩きスマホへの注意を呼びかけるポスターを掲出。伊豆箱根鉄道、大阪市営地下鉄などもポスターや構内放送で「歩きスマホ注意」を呼びかけた。朝日新聞は「JR西日本が社長会見で乗客が『ポケモンGO』に熱中して事故やトラブルに巻き込まれることを懸念している」と報じた。毎日新聞もJR西日本の広報担当者の「現時点で『ポケモンGO』がどのようなゲームか分からず、具体的な注意喚起ができない」という談話を紹介している。
ネット上では早くも、ホーム上から線路を見た位置にモンスターが存在する画像などが出回っている。思わず追いかければ線路へ落下、そうでなくても列車に接触しかねない。まさかそんなに危険な行為はないだろう……と思うけれど、歩きスマホの事故は「まさかの原因」だらけである。
鉄道事業者は『ポケモンGO』とも仲良くしたい
ちなみに日本の鉄道事業者は、『ポケモンGO』対策というより「歩きスマホ対策」の強化として取り組んでいるようだ。特定のゲーム名を出すと批判と受け止められるし、逆に宣伝になって逆効果にもなるだろう。さらに付け加えるならば、鉄道事業者にとってポケモンは親しい存在でもある。JR東日本は東北エリアで「POKEMON with YOU トレイン」を運行しているし、この夏もJR東日本とJR西日本はポケモンスタンプラリーを開催している。他にも札幌市営地下鉄、名古屋鉄道がスタンプラリーを実施する。過去には大手私鉄などでも実績がある。
横浜高速鉄道みなとみらい線では、横浜みなとみらいエリアで開催されるイベントに合わせて、人気モンスター「ピカチュウ」をデザインしたラッピングトレインを運行中。ピカチュウをデザインした一日乗車券も8月1日に発売する。みなとみらい線の電車は東急東横線、東京メトロ副都心線を経由して、西武有楽町線・池袋線・狭山線、東武東上線にも顔を出す。1編成だけだから「見つけたら幸運」といえる。
この夏の鉄道事業者と『ポケットモンスター』のイベントについて、『ポケモンGO』との関連性は発表されていない。しかし、ポケモンで誘客すると『ポケモンGO』のプレイヤーも集まるわけで、なおのこと「スマホ歩き対策」には悩みそうだ。「どうか鉄道施設にレアなキャラを設定しないでほしい」と願っているかもしれない。
前向きに考えて、『ポケモンGO』の集客力を味方につけたいと考える鉄道事業者もあるだろう。『ポケモンGO』については、日本マクドナルドが約2,900店舗をジムまたはポケストップにすると発表している。過去には『イングレス』でローソンやソフトバンク、オートバックスの店舗、三菱東京UFJ銀行のATM、伊藤園の自動販売機、日本赤十字社の献血ルームなどがポータルになっている。もっと大規模な『ポケモンGO』でも、この動きが拡大しそうだ。
集客に悩む地方ローカル線などでは、「当社の●●駅がポケストップに、ジムに」などと宣伝して集客したいかもしれない。公式に実施するには業務提携、ライセンス契約が必要だけど、すでに設定されているなら、非公式にTwitterなどSNSで紹介する動きがあるかもしれない。廃止が噂されるJR西日本の三江線石見松原駅がポケストップになっているというツイートも見かけた。
まだ始まったばかりの『ポケモンGO』について、その影響は未知数だ。鉄道会社にとって、安全性の懸念と集客効果についての見極めが必要。できるかぎり商機にしたいところだろう。鉄道ファンではない『ポケモンGO』プレイヤーが、この機会にローカル線で旅をしてくれたら、そして鉄道を好きになってくれたらうれしい。スマホを片手に運転して捕まるドライバーも多いと聞く。ぜひ鉄道を、ただし、ご安全に。
※写真は本文とは関係ありません。