内閣府が「鉄軌道等導入に関する課題等の検討調査」の最新版を公開した。この調査は政府の沖縄振興政策のひとつで、2010(平成22)年度から毎年実施している。
沖縄在住者や観光客のために、道路交通に頼る現状よりも鉄軌道(鉄道または鉄道に準ずる交通システム)が必要という認識は、国も沖縄県も同じ。しかし、採算面は無視できない。赤字運営になると知りながら税金を投入すれば、国民の理解を得られない。沖縄県が納得して、「赤字でもいいから作ってくれ」という願いを叶えたところで、赤字の補填は沖縄県にとって負担になる。見過ごせない。
そこで国も沖縄県も慎重に調査検討を続けている。10年にわたる調査を追っていくと、コスト削減や需要予測の好材料を見つけ出し、なんとか費用便益比「1」を超えたいという意図が見える。ただし、楽観視はできないから、「もっと良い数値を出すためになにが必要か」を提案して締めくくってきた。最新の2020(令和2)年の調査結果も同様だ。
2010(平成22)年に需要を予測して作ったモデルルートは、糸満市~那覇市~宜野湾市~沖縄市~うるま市~恩納村~名護市の「幹線骨格軸」と、糸満市~那覇市~宜野湾市~北谷町~嘉手納町~読谷村~恩納村~名護市の「幹線骨格代替軸」だ。翌年、2011(平成23)年に「幹線骨格軸」のうるま市経由ルートで費用便益比(B/C)を算出したところ、0.4~0.5程度とされた。その後の精査で、50年間の費用便益比は最大0.39、40年間の累積損失は最大6,700億円と算出された。
費用便益比は、一定期間において、その事業が行われた場合と行われなかった場合で、費用総額と便益総額を比較する。便益は、たとえば鉄道があった場合とない場合の市民の移動時間を比較する。鉄道によって移動時間を短縮できた場合は、市民が獲得した時間を金額に換算する。
簡単に言えば、時給1,000円の人が所要時間を30分節約できた場合、500円の価値が発生したと考える。実際はもっと複雑だが、社会が得をした金額を算定して、事業コストと比較する。事業単体の収支が赤字であっても、それ以上に社会が得をするならば、国や自治体が赤字を負担してでも作ったほうがいい。その便益総額を費用で割って、1以上なら「社会の利益が大きい、やるべき」、1以下なら「社会の利益は限定的、やらないほうがいい」となる。
2011年の0.39はかなり小さい数字で、鉄軌道の新線計画としては事業化の議論にすらならない。それでも国は、このあと10年間も調査検討を続けた。実現に向けてあきらめず、良い材料を探し続けている。簡単な経緯を列挙してみた。
●2012(平成24)年度調査
- 全線複線から名護市側を部分単線化する (B/C 0.44)
- 普通鉄道から鉄輪式リニアに変更 (B/C 0.43)
- 沖縄自動車道の敷地を利用 (B/C 0.25)
- 構造変更や基地跡地活用 (B/C 0.38)
●2013(平成25)年度調査
- 空港連絡支線を追加・トンネル部に最新のSENS工法を採用する・部分単線化・小型交通システム(スマート・リニアメトロ)・地下区間を減らす (B/C 0.58)
●2014(平成26)年度調査
- 前年度調査に加えてルートを見直す(国道330号経由) (B/C 0.60)
●2015(平成27)年度調査
- 前年度調査に加えて、沖縄特有の気象条件を考慮したコストを算出 (B/C 0.62)
●2016(平成28)年度調査
- 前年度調査に加えて、駅施設の安全方策などを見直し (B/C 0.64)
●2017(平成29)年度調査
- 前年度調査のルートの精度を高める (B/C 0.66)
●2018(平成30)年度調査
- 前年度調査に加えて、あらたな需要予測値を反映した (B/C 0.69)
●2019(令和元)年度調査
- 概算事業費を再精査し、名護~美ら海水族館の北部支線を加えて需要増を図る (B/C 0.56)
- 概算事業費を再精査し、北部支線を除外してコストを下げる (B/C 0.71)
費用便益比は、その事業の可否を決めるために用いられる事例が多い。したがって数値が低ければ否決で終わりだ。しかし、沖縄の鉄軌道については粘り強く検討を続けてきた。その気持ちを示す例がSENS(Shield・ECL・NATM・System)工法の採用である。
SENS工法とは、シールド工法と山岳トンネルのNATM工法を組み合わせた工法で、シールドマシンで掘り進めつつ、現場でコンクリートを吹き付けてロックボルトを打ち込む。シールド工法は掘削が早いが、高価なコンクリートセグメントを使う。NATMは施工が遅いが、コストは安い。双方の「いいとこ取り」がSENS工法といえる。
■想定している車両は
ここまでの調査で、土木建設に関するコスト削減は一段落した。2020(令和2)年度調査は、北部支線を除外した上で、輸送システムの査定を行っている。
●2020(令和2)年度調査
- スマート・リニアメトロ (B/C 0.67)
- 高速AGT (B/C 0.72)
- HSST (B/C 0.73)
- 小型システム(粘着式鉄道) (B/C 0.66)
- トラムトレイン (B/C 0.89)
「スマート・リニアメトロ」は、Osaka Metro長堀鶴見緑地線や都営地下鉄大江戸線のような鉄輪式リニアモーター方式の高速型。登坂力が強く、現在の最高速度は70km/h程度だが、それを最高速度100km/hに引き上げる。ただし、実用化されていないため、新規開発が必要になる。
「高速AGT」は、ニュートラムやゆりかもめのような新交通システムの高速版。三菱重工エンジニアリングが開発しており、最高速度120km/h、最小曲線半径30m、最急勾配60パーミル(1,000mにつき60メートル上昇)となる。
「HSST(High Speed Surface Transport)」は磁気浮上式の新交通システムで、リニモ(愛知高速交通)で実績がある。建設中のリニア中央新幹線は磁力の反発を利用して車体を浮上させるが、HSSTは吸引力を使って車体を持ち上げる。車体の駆動部がレールを抱え込み、レールの下側と、その下に回り込んだ駆動部を磁力で吸引する。
2019年度調査では、これら3タイプが有力視されていた。理由は急カーブと急勾配で、検討されているモデルルートの最急勾配が60パーミルに設定されているためだ。この勾配区間において、70~80km/hで走らせたい。また、那覇~名護間を60分以内で結ぶために、最高速度100km/hを求める。しかし、どれもコストが見合っていなかった。
そこで2020年度調査では、小型システム(粘着式鉄道)も検討に加えられた。一般の鉄道と同じ方式ながら、車両サイズを小さく、重量も軽くした上で、登坂性能に優れた車両を用いる。すでに導入されている車両として、京阪京津線の800系、箱根登山鉄道の3100系が挙げられた。軌間は1,435mm、電化方式は直流1,500V、最小曲線半径は40~50m。車両建築限界などは京阪800系程度だが、最高速度を100km/hに引き上げる。
これについて、車両メーカーに意見を求めたところ、技術的には可能でコストも見合うが、高性能化のために大型化したモーターの実装や、車輪の耐久性など、実際に設計して長期試験を行ってみないとわからないとのことだった。
「トラムトレイン」は市街地区間を路面電車とし、郊外区間を専用軌道として高速運転を行う。想定ルートも他の方式とは異なる。地下区間を減らせるためにコストが下がり、市街地区間の需要予測も大きいことから、費用便益比(B/C)は最も高い。しかし、那覇~名護間を60分以内で結ぶという命題は達成できない。
■駅と配線も示された
どのような路線になるか、コストや所要時間、旅客需要の調査を精密にするため、具体的なモデルルートが設定されている。糸満市役所~旭橋(那覇市)~名護間を本線とし、那覇空港~旭橋間を支線とする。想定する駅や配線略図も掲載され、興味深い。
モデルルートのうち、「粘着駆動方式小型鉄道 うるま・国道330号+空港接続線(部分単線案)」と「高速AGT・ケース7 うるま・国道58号+空港接続線(部分単線案)」が掲載されている。どちらも糸満市役所を起点とし、名護を終点とする。
両端区間と那覇空港支線は単線で、豊見城~うるま具志川間が複線となっている。ホームは基本的に対向式を採用し、普天間飛行場駅は2面4線型で、車庫も設置され、入出庫と追い越しに対応している。高速AGTの地下区間が少なく、観光客にとって魅力的だろう。
沖縄県も独自に調査を実施している。ルートは那覇~名護間で、運賃はゆいレールと同体系を想定。建設方式が明示されていないが、比較対象の営業路線がJR在来線や民鉄路線であることから、一般的な鉄道を想定してコストを計算しているようだ。貨物列車も想定し、需要を拡大している。
その結果、沖縄県を来訪する観光客数が年間1,350万人以上の場合、費用便益比(B/C)は最高で1.04となった。ただし、沖縄県の観光客数は2018年度時点で約1,100万人。2013年頃から観光客が急増していたからこそ、年間1,350万人という数字が導き出された。しかし、COVID-19による外出自粛の失速からどの程度で回復できるかは未知数だ。
この10年間、沖縄の鉄軌道整備については、内閣府が厳しい試算結果を提示し、それに対抗して沖縄県が強気の予測を立ててきた。筆者には、政府が費用便益比(B/C)を盾に建設を拒んでいるように感じられた。しかし、毎年の調査を追っていくと、政府もなんとかして建設したい、その理由を探したいと考えているように見える。
今後は観光開発も需要に反映すべく、調査を綿密にし、需要喚起の方策も検討するという。今年度以降の調査結果に期待したい。