高額運賃で知られる北総鉄道の運賃値下げがほぼ決まった。9月22日の千葉県議会で、千葉県知事が「北総鉄道社長より検討状況の報告があった」とし、通学定期運賃と普通運賃の値下げを検討していると説明されたという。時期に関して、来年秋にも値下げを実施する見通しと報道されている。
今年6月23日に公開された北総鉄道の決算報告書では、「累積損失の解消に目途、今後は、ポストコロナに対応しつつ、運賃値下げの可能性の検討に着手」と記載されていた。「可能性の検討」は「値下げ」と結論が出た。具体的な金額は未定とのことだが、どの程度まで期待できるだろう。
■北総鉄道の運賃はどれほど高い?
北総鉄道の初乗り運賃は203~309円(IC運賃、以下同)。相互直通運転を行う京成電鉄の初乗り運賃は136~189円だから、かなり高い。初乗り運賃に幅がある理由は、距離に応じて段階的な運賃体系になっているためだ。そこで距離別運賃表を比較してみよう。他社と比較しても割高だとわかる。
沿線の人々にとっては、北総鉄道の運賃が高いだけでなく、都心や千葉県内の各都市に行く場合の合計運賃が高くなる。都心に向かえば京成電鉄の運賃が加算される。JR山手線内に行く場合、都営地下鉄や東京メトロ、さらにJR東日本の運賃も加算される。
たとえば千葉ニュータウン中央駅から新橋駅まで、普通運賃の合計は1,150円。通勤定期は1カ月で4万7,550円、3カ月で13万5,530円、6か月で25万6,780円。通学定期は1カ月で2万850円、3カ月で5万9,440円、6カ月で11万2,600円となり、「財布なくしても定期なくすな」と揶揄されるほどだ。25万円あればちょっといいノートPCも買える。リモートワークのほうがずっといい。
ちなみに、ほぼ同距離で比較すると、小田急多摩センター駅から東京駅まで、小田急電鉄・東京メトロ経由で普通運賃の合計は530円。通勤定期は1カ月で2万300円、3カ月で5万7,860円、6か月で10万9,620円。通学定期は1カ月で9,540円、3カ月で2万7,200円、6カ月で5万1,520円となった。都心へ通勤する人にとって、多摩ニュータウンと千葉ニュータウンの運賃差は大きい。
北総鉄道の運賃が高いために通勤ルートとして認められず、バス通勤を強いられる人もいるだろう。たとえば千葉ニュータウン中央駅から千葉駅へ通勤する場合、北総鉄道を利用して新鎌ヶ谷駅で東武野田線に乗り換え、船橋駅でJR総武線に乗り換えると、所要時間は約1時間、運賃は1,087円。一方、ちばレインボーバスを利用し、新鎌ヶ谷駅で新京成電鉄に乗り換え、新津田沼駅から徒歩で津田沼駅に出てJR総武線に乗り換えると、運賃は740円となり、差額が347円になる。ただし、30分も余計にかかる。
通勤手当は「経済的かつ合理的な経路」とする企業が多い。人事や経理の担当者は、30分という所要時間の差と、347円という運賃の差をどう判断するか。「時間がかかっても安い経路にしなさい」と言われれば、渋滞しがちなバス、乗換えの徒歩などでストレスになりそうだ。高額運賃は沿線在住者の財力も体力も奪う。
北総鉄道が高額運賃となっている理由は、おもに3つある。
1. 北総鉄道が建設費をすべて負担(上下一体)で整備した
私たちが家を買ってローンを払うしくみと同じだ。資金を借り入れて土地を買い、建設費を支払う。その後は営業しながら借金の元本と金利を払っていく。新線建設にあたっては、踏切の設置が認められず、高架区間と地下区間が増え、建設費が高額になった。北総鉄道は黒字決算だが、利子を含めた累積債務の返済を続けており、運賃に反映されている。この累積債務の返済が2022年に終わるため、値下げできるという判断になった。
高額運賃といえば、同じ千葉県内に路線を持つ東葉高速鉄道も、累積債務と経常赤字によって高額運賃のままとなっている。その反省から、つくばエクスプレスの建設にあたり、沿線自治体が宅地と鉄道用地を同時に取得、開発するための「宅地・鉄道一体化法(大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法)」が制定され、国の鉄道整備基金無利子貸付対象事業の認定を受けた。表でもわかるように、つくばエクスプレスの近距離区間の運賃は低い。
2. 千葉ニュータウンの開発が目論見通りに進まず、利用者が増えなかった
北総鉄道は千葉ニュータウンの開発のために建設されたにもかかわらず、従来の大手私鉄のような不動産部門がない。広大な土地を入手し、鉄道を敷いて価値を高め、不動産流通で利益を出すというビジネスモデルができなかった。
千葉ニュータウンの人口が増えれば北総鉄道の利用者も増え、運賃収入も増える。それを債務の早期弁済に充ててもいいし、債務返済計画はそのままに運賃を下げる方法もあった。しかし、千葉ニュータウンの開発は進まず、2013年に千葉ニュータウンの事業主体であった千葉県と都市再生機構が撤退してしまう。北総鉄道にとっては梯子を外された形になってしまった。
北総鉄道の高額運賃については、かつて沿線自治体からの支援によって実施された経緯がある。千葉ニュータウン失速の責任感と、値下げによる千葉ニュータウン入居促進の意味があったと思われる。
3. 最も乗客を見込める区間の運賃は京成電鉄の収益になっている
京成電鉄は北総鉄道の区間も含めて成田スカイアクセス線を運行している。営業主体の京成電鉄は北総鉄道に対し、線路使用料を支払う。しかし千葉県の調査で、京成線にまたがる成田スカイアクセス線の運賃だけでなく、北総線内でアクセス特急が停車する駅間の運賃も京成電鉄に配分される枠組みが明らかになった。北総線内だけの利用者の運賃が、北総鉄道だけの収入にならない。
北総鉄道の売上は普通しか停まらない駅の発着分のみ。直近のアクセス特急停車駅から先は、北総線内であっても京成電鉄の収益になる。もちろん北総鉄道に線路使用料が支払われるものの、定額だ。普通に考えるなら、「スカイライナー」やアクセス特急の利用者が増えれば、北総線を通過する乗客も増えるわけで、利益の分配を得る権利はありそうだが、そういう枠組みではなかった。
その反面、列車がガラガラでも、北総鉄道には京成電鉄からの線路使用料が保証されている。経営安定につながる一方、京成電鉄が運行本数を減らせば線路使用料も減る。
■利用者が納得できる値下げに期待
報道を見ると、北総鉄道の運賃値下げは「通学定期運賃の大幅値下げ」と「北総線内の移動を促進するための普通運賃値下げ」が主になっている。企業負担の通勤手当より先に、家庭負担の通学定期券を値下げする考えだという。これは埼玉高速鉄道で前例がある。
普通運賃が下がると通勤定期も下がるはず。しかし、北総線内で完結する普通運賃と読み取れるから、都心へ向かう運賃は期待できない。前述の収益区分のうち、北総鉄道の取り分について値下げすると思われる。もっとも、普通運賃が下がっても、割引率が下がれば定期券の値段は変わらない。
沿線の利用者としては、せめて京成電鉄と同じ水準にしてほしいだろう。しかし前述のように、収益の一部を京成電鉄が吸い上げる限り、京成電鉄と同じ利益率にならないから、値下げの余裕はない。
通勤利用者や通勤手当を支払う企業にとっては、「大幅値下げにはならなくてもいい。せめて通勤経路でバス便より低くなる水準まで下げてほしい」が本音だと思う。
千葉ニュータウンは地盤が固いことからIT系企業の転入が多く、住宅地としての人気も上がっているという。北総鉄道の高額運賃は唯一の欠点になりつつある。運賃値下げが利用者増に結びつくならば、北総鉄道にとっても沿線の人々にとっても良い結果になり、千葉ニュータウンはますます発展するだろう。北総鉄道の英断を期待したい。