Osaka Metro中央線の夢洲(ゆめしま)延伸が具体化した。政府は8月27日、国際博覧会推進本部の第2回会議を開催し、2025年に開催される大阪・関西万博のインフラ整備計画の概要を決定した。主要アクセス路線として、大阪市と大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)がめざす夢洲延伸が盛り込まれた。政府の後押しによって、2024年度末の開業が濃厚となった。
Osaka Metro中央線は夢洲の隣の人工島、咲洲(さきしま)にあるコスモスクエア駅から大阪市内を東西方向に走り、東大阪市の長田駅へ。途中駅でJR大阪環状線や阪神なんば線、Osaka Metro千日前線・御堂筋線・堺筋線・谷町線・長堀鶴見緑地線・今里筋線、JRおおさか東線に乗り換えられる。長田駅からは近鉄けいはんな線へ直通しており、ほぼ一体的な運用となっている。
■もともとオリンピック輸送用の延伸計画だった
夢洲は大阪港地区にある人工島のひとつ。大阪市の西端で、北側の舞洲(まいしま)、南側の咲洲と合わせて、バブル期に計画された新都心「テクノポート大阪」計画の対象となっていた。開発は咲洲から始まり、コスモスクエアなどが建設され、鉄道路線も乗り入れた。しかしバブル経済の終了とともに、開発は停滞する。
コスモスクエア~夢洲間は、2008年大阪オリンピック・パラリンピック招致のために計画された区間の一部で、2000年にコスモスクエア~夢洲~舞洲(メイン会場予定地)~新桜島間の鉄道事業許可を得た。事業者は大阪港トランスポートシステム(OTS)、路線名は「北港テクノポート線」となった。
OTSは人工島周辺のトラックターミナルや流通倉庫などを運営する第三セクターで、Osaka Metro中央線のコスモスクエア~大阪港間、ニュートラムのコスモスクエア~トレードセンター間もOTSが保有し、大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)が運行する枠組みになっている。
2001年、オリンピック・パラリンピック開催都市が北京に決定し、北港テクノポート線は事業停止となった。ただし、咲洲と夢洲を結ぶ海底トンネル「夢洲トンネル」は鉄道・道路の共用設計だったため、鉄道部分は建設されている。夢洲が開発されたら、いずれ鉄道も必要になるからだ。
事業再開のきっかけは夢洲の再起動だった。大阪市は2014年、IR(カジノを含む統合型リゾート)と2025年の万国博覧会を夢洲に誘致する意向を示した。そのアクセス路線として北港テクノポート線を再起動し、大阪市交通局の地下鉄中央線を乗り入れる形で延伸する構想となった。2017年に設立された大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)は、大阪市交通局の構想を継承し、2018年に中期経営計画と「地下空間の大規模改革及び夢洲開発への参画について」を発表。夢洲駅にタワービルを建設し、「新しい大阪の活力拠点」とする構想を掲げた。
夢洲駅のタワービルについては、民間の営利事業のため、国の支援はないだろう。しかし、OTSの夢洲駅延伸は国のお墨付きを得た。国の支援は金銭よりも諸手続の高速化、工事に関する規制の緩和等になると思われる。Osaka Metroはタワービルという付加価値に対し、出資や融資が得られるかを検討する段階に入った。
形はどうあれ、Osaka Metro中央線の夢洲延伸は実現する運びになった。大阪・関西万博の開催期間は2025年の4月13日から10月13日までの予定だが、アクセス路線は準備関係者の輸送需要もあるから、早めに開業したほうがいい。ちなみに愛知万博は2005年3月25日に開幕、アクセス路線のリニモは2005年3月6日に開業している。JRグループのダイヤ改正日は2005年3月1日だった。現在は各社がIC乗車券システムの改修に合わせてダイヤを改正する傾向があり、Osaka Metro中央線の延伸もJRグループのダイヤ改正と足並みをそろえるかもしれない。
■近鉄は「折りたたみ集電靴」で京都・奈良から直通する
Osaka Metro中央線と相互直通運転を行う近鉄けいはんな線は、生駒駅で近鉄の他の路線と連絡し、近鉄奈良線・生駒線に乗り換えられる。近畿日本鉄道も夢洲延伸への関心が高く、けいはんな線だけでなく奈良線などへ直通する計画を持っている。
近鉄けいはんな線と近鉄奈良線はともに軌間1,435mmだが、けいはんな線は奈良線と異なり、集電方式が第三軌条方式になっている。第三軌条方式では、車輪用のレールの横に送電レールを敷き、台車の横に集電靴という装置を付ける。トンネル断面が小さくなり、地下鉄の建設コストが小さくなるというメリットがある。
一方、近鉄の他の路線は架空電車線方式。線路の上に電線を吊り下ろし、電車の屋根上のパンタグラフで電気を取り込む。近鉄けいはんな線はOsaka Metro中央線との相互直通運転を前提に開業した近鉄東大阪線を延長した路線で、集電方式もOsaka Metro中央線に合わせていた。
残る課題は、第三軌条方式と架空電車線方式の両方に対応した車両が必要になること。近鉄関連の車両製造会社である近畿車輛は、新しい集電靴装置を考案し、特許を申請している。特許庁による特許情報公開日は8月10日。出願日は2020年1月29日。つまり、近鉄はOsaka Metro中央線の夢洲延伸を見越し、着々と準備していたことになる。
当連載第157回「近鉄、奈良~夢洲間直通列車構想 - 電化方式も乗り越える!?」では、近鉄の夢洲直通構想の報道を受けて、複数の直通方式を考察した。最も有力な方法として「両方の集電装置、集電靴とパンタグラフの両方を搭載する」を挙げ、他にも蓄電池電車や蓄電池機関車方式などを想像したが、近鉄は「両方の集電装置搭載」を選択した。これはもう決め打ちと言ってもいい。
両方の集電装置を搭載した車両は過去にもあった。国鉄の電気機関車EC40形・ED42形は、碓氷峠(旧トンネル)を電化する際、蒸気機関車用の小さなトンネルでは架線を張れないため、トンネルのある区間だけ第三軌条方式とした。近年では、フランスとイギリスをドーバー海峡トンネル経由で結ぶ「ユーロスター」用のイギリス国鉄373形でも使われていた。トンネル内などは架線集電だったものの、イギリス国内の在来線区間で第三軌条方式だったからだ。しかし現在は同区間も架線集電の新線経由に切り替わっている。
両方の集電装置を搭載した車両は国内外で過去に採用実績がある。その上で、近畿車輛の特許のポイントは何かというと、「集電靴の格納方法」だ。第三軌条はレールの外側にあるため、台車の集電靴の先端は外側に突出する。第三軌条方式の路線では、この突出を前提に線路周辺の機器を配置している。しかし架線集電の路線では、レールに近いところまで標識や分岐装置などの構造物があり、集電靴が引っかかってしまう。
そこで、集電靴を上方向に跳ね上げて固定し、架線集電区間も支障なく走行可能とする。シーソー式の構造で単純に跳ね上げると、支点の後方が下がり、線路に支障する。また、重量物と可動装置を支えるための強度も必要となる。単純に斜めに跳ね上げるためではなく、集電板をいったん引っ込めてから上向きにする方法を考案した。
この直通車両をどのように運用するか。近鉄はすでに「新『近鉄グループ経営計画』 ~長期目標(2033年度)および中期計画(2019-2023年度)~」で公表している。この中で、「万博・IR関連事業」を新3大プロジェクトのひとつととらえ、「第三軌条と架線の二種類の集電方式に対応した車両の開発」「生駒駅で②けいはんな線から奈良線へ乗り入れるための渡り線の新設」を挙げた。
近鉄奈良線は大和西大寺駅で近鉄京都線・橿原線に直通できる構造になっている。橿原線は大和八木駅で大阪線とも直通できる。これにもとづき、夢洲から京都・奈良・名古屋・伊勢方面へ乗換えなしで直通できる特急列車を構想している。さらに、橿原線の終点である橿原神宮前駅での乗換えにより、飛鳥・吉野方面にも連絡可能。近鉄はフリーゲージトレインも研究開発しており、実用化すれば軌間1,067mmの吉野線とも直通できる。
大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」、コンセプトは「未来社会の実験場」とされ、カーボンニュートラル、デジタル最新技術、最新のモビリティを広める機会になる。空飛ぶクルマや自動配送ロボットなどを実用化するための規制緩和も行われる。それに比べると、電車の足もとの話は地味かもしれないが、既存のインフラを使って新しいネットワークを作るという近鉄の取組みも注目してもらいたい。